13)兵舎
竜騎士団の食堂は騒がしかった。
「何事だ」
目の前の光景に、ルートヴィッヒはあきれた。竜騎士と騎士が入り混じり、食事をしていた。
「ラインハルト侯、団長からの親書です」
騎士の一人が、慌てて封書を差し出した。物資を持ってきたという騎士もいた。彼らは用事で来たついでに、食堂でアリエルの料理にありついていたのだ。
その雑多な様子に、ルートヴィッヒは、ベルンハルトとエドワルドに、執務室で待つように伝えた。
「竜丁、三人分の食事はあるか」
ルートヴィッヒは、厨房に声をかけた。
「団長様。今なら何とか確保できます」
「用意してくれ」
「あの、団長様、お席を確保なさってください。ご用事でいらっしゃった方も、お腹が空いたとおっしゃって、召し上がっておられるので、席があるかどうかわかりません」
「そうだな」
ルートヴィッヒは苦笑した。
「執務室にいる」
「わかりました。お手数ですが、これを運んでください」
「わかった」
ゲオルグが作った盆にアリエルは手早く食事を載せた。盆を持ったルートヴィッヒの後ろから、アリエルも盆を持ってついて来た。
「マリアさん、厨房、お願いします」
「あぁ。行っておいで。ほら、一緒に食べておいで。まだだろう」
マリアがアリエルの盆に、追加で一人分の食事を載せた。
ルートヴィッヒは先に部屋に入り、盆を机に置くと、アリエルの持つ盆を受け取った。
「おいで」
ルートヴィッヒの言葉に、部屋に入ったアリエルは、驚いて息を呑んだ。
「竜丁」
アリエルよりも、エドワルドのほうが早かった。
「エドワルド様」
「お前が無事でよかった。王妃がすまないことをした」
「エドワルド様」
駆け寄ったエドワルドをアリエルは抱き締めた。
「殿下のせいではございません。それに、私は王妃様を」
「竜丁のせいではない。仕えていた男も、王妃を助けなかった。それは王妃の責任だ」
エドワルドが言った。
「私は、竜丁が無事で嬉しい。王妃が亡くなったのも見たが、よくわからない。王妃は私の母上だが、悲しいとは違う」
「エドワルド様」
アリエルには、どの言葉も空虚で意味をなさないように思えた。アリエルは、エドワルドとシャルロッテの母子の縁が薄いことを知っている。アリエル自身、産みの親にはほとんど思い入れがない。旅芸人だったらしい母が、移動中、腹にいたアリエルを堕胎せずにいてくれたことには感謝したい。森に捨てられていたというならば、殺さないでいてくれたことには感謝したい。それ以外は、何と思ってよいかもわからない。
エドワルドはシャルロッテを王妃と呼んだ。母上とは呼ばないエドワルドの気持ちを、アリエルがわかってやれるとは、思えない。
「竜丁が無事でうれしい。また、ここに来ていいか」
「えぇ。もちろんです。ただ、もう少し落ち着いてからになさってください。当面、ここは人の出入りが多くなるでしょうから」
ベルンハルトは苦笑した。
「騎士達は、竜丁ちゃんの手料理を食べたくて、ここにくる用事を作るため、必死だからね」
「ご冗談を」
「本当だよ。騎士団の宿舎にいたときに、聞いたからね。竜騎士団の兵舎にいく用事ができるだろうから、噂の食事を食べられるんじゃないかって、騎士達が言ってたよ」
ベルンハルトが語る騎士達の言葉に、ルートヴィッヒは呆れた。
「竜丁は竜丁です。あまり無理をさせたくはありません。騎士団に食事を提供する厨房に、食事を改善するように、命じてください」
「うーん。困ったな。ちゃんと食事は出すようにしているはずなんだけど」
「陛下」
アリエルはベルンハルトを見た。
「少しは元気になったかな」
「はい。王妃様の件では、申し訳ありませんでした」
「いいや。エドワルドの言う通り、王妃が死んだのは、王妃の責任だ。主を助けない家臣などありえない」
ベルンハルトは窓から外を見た。竜は外を自由に闊歩している。くつろいでいるように見えるが、竜は不審者を警戒している。アリエルは多くの人に愛され、竜にも愛されている。シャルロッテは、側仕えの騎士にすら見捨てられた。夫である自分の心には解放感しかない。エドワルドも、母の遺体に付き添うよりも、竜丁に会うことを望んだ。
「不思議な気持ちだ。私の妃だが、遺体をみても悲しいとは思えなかった。ようやく終わったなと思っただけだ。ルーイの竜丁ちゃんが無事だと聞いたときは、とても安心したのに」
「竜丁がいてくれるほうがいい」
エドワルドはまだアリエルに抱き着いていた。
「エドワルド、食事にしよう。ルーイも私も、まだたくさんやることがあるから」
「はい」
ルートヴィッヒの執務机に、4人分の食事が並べられた。小さな机ではないが、さすがに狭い。
「なんか、こうやって食べるのも面白いね」
ベルンハルトがルートヴィッヒの椀に伸ばした手は、ルートヴィッヒにより直前に阻止された。
「面白くなさっているのは陛下です。ご自身の分のお食事をちゃんと召し上がって下さい」
「だって、ルーイのほうが、美味しそうに見える」
「同じです」
兄弟の下らない会話に、アリエルとエドワルドは笑った。




