12)再会あるいは別れ2
人と人との関係は不思議だ。
朧気な記憶すらない実母だ。死に様は哀れで悲しい。だが、ベルンハルトの母テレジアが亡くなった時に感じた、地の底が抜けるような喪失感はない。
国王は政を放棄した。国政を担っていたのはテレジアだ。テレジアは、多忙だというのに、生さぬ仲のルートヴィッヒを養育し、ベルンハルトと同じ教育を授けてくれた。
「ベルンハルトは国王になります。ルートヴィッヒ、あなたは宰相になり、ベルンハルトを支えるのです」
ルートヴィッヒは、美しく聡明なテレジアを尊敬し、テレジアが語る未来を信じていた。
二大派閥に分かれて争っていた貴族達が、それぞれベルンハルトとルートヴィッヒを旗頭に祭り上げた時、国政に忙殺されながらも、テレジアは事態の収拾のため手を尽くしてくれた。
国王になったばかりのベルンハルトに竜騎士に任命された日、ルートヴィッヒは、後宮に忍び込んだ。病床にあったテレジアを見舞い、竜騎士になったことを報告したかった。突然現れたルートヴィッヒにテレジアは驚いたようだったが、幼い頃のように抱き締めてくれた。
「私が望んだ未来とは異なりますが、ルートヴィッヒがベルンハルトを支えようとする気持ちを、私はとても嬉しく思います。ルートヴィッヒ、あなたは私への報告のため、こうして来てくれました。この再会が、私をどれほど喜ばせてくれたことか。ルートヴィッヒ、私はあなたの輝かしい未来を願っています」
あれが、テレジアとの最期の会話となった。
テレジアの葬儀の式典で、ルートヴィッヒは巨大な国旗を手に、トールの背に跨がり空を飛んだ。ゲオルグの配慮が嬉しかった。
テレジアが、今のベルンハルトとルートヴィッヒを見たら何と言うだろうかと、時折思い出す。
国を支えたテレジアは、ルートヴィッヒがテレジアのために何か出来るようになる前に亡くなってしまった。ずっと申し訳なく思っていた。ルートヴィッヒは、少しはテレジアに何かを返すことが出来ていたのだろうか。テレジアが、悲しい人ではなかったと、ルートヴィッヒは思いたい。
先の王都竜騎士団団長のゲオルグの大怪我は、心配した。死んでしまうかもと思い、怖かった。自らが重症だというのに、ゲオルグは少し元気になるなり、無茶をするな、お前が一番何をするかわからん、一番手がかかるとルートヴィッヒを叱った。当時は意味がわからなかった。
後に王都竜騎士団団長に就任し、部下を持つ身になって、初めて、ゲオルグが自分を何度も叱った理由が分かった。自分がいかに無鉄砲だったか、心配してくれていたのか、とようやくわかった。
そのことを打ち明けると、すでに竜丁になっていたゲオルグは苦笑し、その場にいたトールは一度天を仰いだあと、人間そっくりに首を振り、そっぽを向いて丸くなってしまった。今となっては懐かしい思い出の一つだ。
少なくとも、ルートヴィッヒは悲しい人ではない。そう思えることが嬉しかった。




