10)騎士団本部3
ルートヴィッヒが案内された臨時の執務室の扉を開けると、ベルンハルトがいた。
「そこにいるよ」
ベルンハルトが示した先に、床に寝て寝息を立てているアリエルがいた。
「なぜ床なんだ」
「そこが一番暖かい」
毛皮に包まれたアリエルからは、気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
「竜騎士が無事だと聞いたら寝ちゃったよ」
ベルンハルトはそういうと、伸びをした。昨夜から一睡もしていない。
ルートヴィッヒは膝をつき、そっとアリエルの頬に触れた。水牢にいて、見つけた当初は冷え切っていたと聞いていたが、今は人肌の温もりがあった。
「良かった。無事で。すまなかった」
助けに行ってやれなかった。すぐに駆け付けてやれなかった。もし、万が一取り返しのつかない事態になっていたらと、ハインリッヒから無事を聞くまでは、本当に恐ろしかった。単騎で戻ってきたハインリッヒが、無事ですと、叫ぶ声を聞くまで、気が気ではなかった。
「あ」
アリエルの頬に黒い煤がついた。煤まみれのルートヴィッヒが触れたせいだ。
ルートヴィッヒが慌てた時、ゆっくりとアリエルの目が開いた。黒い瞳が自分を見つめたのがわかった。
「ルーイ」
いきなり抱き着かれた。
「よかった。お帰りなさい」
「あぁ。すまなかった」
「いいえ。王都の火事ですから。あなたが無事で良かった」
「そうか」
気丈なことを言うが、怖かったろう。自分がずぶ濡れで煤にまみれたままであることを忘れ、ルートヴィッヒはアリエルを抱きしめ、頭を撫でた。
「すまない」
「いいえ」
ルートヴィッヒの胸に頬を寄せていたアリエルが、顔を上げた。
「冷たい。焦げ臭いです」
「まぁ、火事場にいたからな」
外套も服も彼方此方が焦げている。顔の煤を落とさないと誰かわからん、怪しいやつだと追い返されるぞと、同じく煤まみれだった自警団の男たちに爆笑され、顔の煤だけは落としてきた。他は何もかもそのままだ。濡れた服は冷たい。焦げ臭いのかもしれないが、ルートヴィッヒの鼻は、何も匂わない。
「火傷は」
「大してないはずだ。火の粉を浴びたが、着陸する度に、自警団にずぶ濡れにされたからな」
話している間に外套を手際よくアリエルに脱がされてしまった。
「あぁ、焦げて」
「外套が焦げる分にはいいだろう。お前に煤がついてしまった」
「洗えば落ちます。団長様、服脱いでください」
「嫌だ」
「火傷されましたね。隠しておられるでしょう」
「大したことはないはずだ。どこが痛いとかはない」
「手当てしないといけません。陛下、薬師の方にお願いするにはどちらへ」
「竜騎士が戻ると聞いたから、竜騎士の兵舎に行かせたよ」
「ありがとうございます。陛下。行きますよ。団長様」
アリエルがルートヴィッヒの手を引っ張った。
「いや、報告がある」
「後でいいよ、ルーイ。手当てしてから来てくれ。煤も落として、ずぶ濡れで焦げ臭い服も着替えてきてくれ」
ベルンハルトは、大袈裟に鼻を摘んで、顔を顰めた。
「陛下、ありがとうございます。さぁ団長様、行きますよ。騎士団長様、外套ありがとうございました」
二人は扉を開けると一礼して出て行った。
「アリエル、お前靴は」
「無いです」
「裸足で廊下を歩くな」
「きゃあ、降ろしてください。歩けます」
「動くな、危ない。落とすだろう」
騎士団長は扉を閉めた。
肩を震わせて俯いていた書記官達が顔を上げた。口元をまだ手で覆っている者もいる。
「夫婦が仲良いことはいいことだ」
ベルンハルトの言葉に、書記官達は無言のままに頷く。
騎士団長が、ベルンハルトを見た。
「面白い夫婦だろう」
「ご結婚されていましたか」
「いや、これからだ」
騎士団長が微笑んだ。
「このようなことのあとです。慶事は喜ばしいですな」




