9)夜明け
夜が明けた。
垂れ込めた煙を光が貫き、空が明るくなるにつれ、焼け焦げた町が顕になっていく。ルートヴィッヒは地上に目を凝らした。煙は立ち上るが、どれも細々として消えようとしている。炎はない。ようやくだ。ルートヴィッヒはトールの背を叩いた。一晩、飛び続けたトールに精一杯の感謝を伝えたかった。
周囲を確認するため旋回する竜騎士達に、町の人々が大きく手を振る。
早く王宮に帰りたい。ルートヴィッヒの気持ちばかりが急く。
真夜中を過ぎたころだ。アリエルが無事に見つかったという報告をハインリッヒから受けた。救助の最中だというのに、思わず涙が溢れた。
ハインリッヒは、ずぶ濡れのアリエルをベルンハルトの臨時の執務室まで運んでやったのに、部屋に着くなりアリエルと彼の妹のマーガレットに、飛べと即刻追い出されたらしい。ハインリッヒが語る気丈なアリエルの様子に安堵した。
何かあったと察した自警団の男達に、問題があるなら、一度帰れと言われた。火事に前後して、誘拐されていた者の無事がわかった。もう大丈夫だというと、彼らは呆れたように口を開いたが、何も言わずに行ってしまった。
ベルンハルトが上流の水門を閉めるように命じてくれたおかげで、下流では水を確保し、消火を続けることが出来た。町の火は消えた。逆に低地で、水が溢れた箇所があり、その避難にも追われ、息をつく間もなかった。水没に文句を言う住人もいたが、松明を手にした自警団の男が、だったら、てめえを家ごと焼き殺してやると凄んで黙らせた。
人を従えるには、いろいろな方法があるものだと、疲れ果てたルートヴィッヒは、豪快な男達をトールの背で見守り、騒ぐ連中を威圧しながら感心していた。
陽の光は、人の心を穏やかにするのだろうか。煙がまだ残る町で、多くの人が、明るくなる空を見つめていた。
燃え残った町を、王国の旗と騎士団の旗を翻し進んでくる一行がいた。荷馬車も見える。ようやく合流できた騎士団に後を引きつぎ、煤まみれで、あちこち焼け、ずぶ濡れの服を着た竜騎士達は王宮へ戻った。




