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5)下町

 ルートヴィッヒは上空を見た。アリエルがゲオルグを引き止めたのは正解だった。炎に(あお)られて竜の飛行が安定しない。いくら慣れているハーゲスに乗っていても、怪我の後遺症で左脚が利かないゲオルグでは転落しかねない。


 今も二頭の竜が危なっかしく飛んでいた。ルートヴィッヒは笛でその二頭を地上に呼んだ。


「ペーター、ペテロ、二人は王宮に戻れ。ベルンハルトの指揮に入れ。騎士団の指揮をしているはずだ。物資の運搬や伝令がいる」

「でも」

「黙れ、(あお)られて飛べていないだろう。落ちるつもりか、お前達も竜も危険だ、さっさと戻れ」

怒鳴りつけたつもりが、ルートヴィッヒの喉からは(かす)れた声しか出なかった。

「しかし団長」


 二人の反論は意外な人物に反論された。

「いやいや、あんたら、この人の言う通りだよ、下から見てもふらふらしてるからさ、戻った戻った」

焼け出された男性の一人だった。他の男たちにも(はや)し立てられ、ついでに頭から水も浴びせかけられ、二人は王宮の方向に飛んでいった。

 

 上空から水をまき、逃げ遅れた人々を誘導し、空地へと避難させた。時に、竜に命じて燃える家の窓から人を(つか)み出した。


 助け出してやった者達には、燃えていない風上の地区へ逃げるようにと言った。騎士団は、教会や広場で、避難民の対応を始めている。

 

 十四頭の竜だけではできることに限界がある。男達の一部が、火災現場に近いいくつかの広場に残り、竜騎士達に協力してくれていた。自警団だという彼らは、効率的に避難を誘導し、自主的に周囲の消火作業も行っていた。


「ほら、団長さん、あんたも声が出てないよ」

柄杓の水を渡された。

「あぁ、ありがとう」


 上空は煙と火の粉で呼吸が苦しい。口元を布で覆っていても、口の中は煤だらけになり、喉が焼けそうだ。トールも男達が用意した水桶に、顔を突っ込んで水を飲んでいた。

「皮肉なもんさ、このあたりは低地で、大雨のときは水に沈むのに、今じゃ火の海だ」

「このまま汲んでたら、水出なくなるとかねぇよな」

自警団の男達は手も口もよく動く。災害に脆弱な貧民街をどうするかは、常に問題になっていた。特に水害が多いこの地域に関しては、水路の再整備も検討されていた。


「そういえば、そうだな。前も飛んだ」

数年前の水害のときも、同じ場所を飛んだ。そのとき、この辺りに竜が着地しやすいように、広場をいくつか作っておいた。水場も作った。小屋を建て、避難用の小舟を用意しておいたのだが、今日は役に立ちそうもない。あの水害の時、町の責任者達に、自警団をつくってはどうかと提案した。それが今、役に立っていた。


「兄ちゃん、あんたは覚えてないだろうけど、俺は覚えてるよ。あんたが助けた俺の嫁さん、あの後無事に子供生まれたからな」

「それはよかった」

ルートヴィッヒは覚えていないが、助けた中に妊婦もいたのだろう。水桶からトールが顔を上げた。

「飛べるか」

当然だというようにトールは翼を広げた。


「行ってくる」

「おぉ、兄ちゃん頑張って来いよ」

「でな、俺の息子の名前はあんたからもらってルートヴィッヒだからなぁ!死ぬんじゃねぇぞぉ!」

ルートヴィッヒは笑って男に手を振った。


 自警団が組織されていたのが良かった。火災の早期から町の者が避難誘導されていたため、逃げ遅れた者は少なかった。祭りで人が起きていたのもある。今は延焼を抑えるために水をまき、一部の家を取り壊し、風下の町の避難誘導が進められていた。地上にはすでに騎士団が展開し、避難は順調なようだ。


「アリエル、無事か」

答える声はない。今日、事件が起きることはわかっていた。だが、火災ではない、別の事件のはずだった。


 王宮から単騎で飛んできた竜がいた。ハインリッヒだ。

「戻ってください」

ハインリッヒの言わんとすることは分かっていた。

「まだだ」

「しかし」

「火災の勢いがおさまっていない。せめて広がるのを食い止めてからだ」

風下となる地区の住人は避難させたが、延焼を食い止めなければ、意味がなくなってしまう。

「しかし、取り返しのつかないことに」

「だったら、その場で殺すだろう。そうでないということならば、少しは間がある。それに、自分一人のためにここを放り出したと聞いたら、あれは私を許さない」

「ですが」

「あれには影がついている。最悪の事態は防いでくれるはずだ」


 ハインリッヒは歯痒(はがゆい)い思いを味わっていた。ルートヴィッヒは責任感が強すぎる。アリエルも似たようなものだ。だが、ルートヴィッヒが彼自身を許さなくても、アリエルがルートヴィッヒを責めても、生きていればいいではないか。亡骸(なきがら)となったアリエルを抱き、悲嘆にくれるルートヴィッヒなど、ハインリッヒは絶対に見たくはない。

「団長」

戻るべきだと言おうとした時だった。


「団長、あちらの広場で水が枯れました」

イグナーツが飛んできた。彼はやや高台になった地区を指していた。冬だ。山に雪が降り、高地が凍り付く今、王都に水がふんだんにあるとは言えない。王都の水は、山から流れてくる地下水に依存している。


「ハインツ、王宮に飛べ、ベルンハルトに伝えろ、王宮の水を止めろ、高台の住宅街の水門を閉じろ。貴族の屋敷もだ。水をこの辺りに集中させる。今はヴィントが一番速い」

「承知しました」

ヴィントがそれに応えるように咆哮(ほうこう)した。あちこちから竜の咆哮(ほうこう)が答える。ルートヴィッヒが戻れない以上、戻る自分が、王妃に従ってしまった自分が、ルートヴィッヒに代わってアリエルを助ける。ハインリッヒは決意した。



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