28)御前会議3
ルートヴィッヒは武人だ。武人が会議の運営を取り仕切ることで御前会議の雰囲気が変わった。
冗長な演説には、結論が何かと促し、意味のない反論には代案を要求する。その厳しさに反発もあった。だが、年齢や爵位といったしがらみで発言できないでいる貴族に発言を促し、公平に発言の機会を与えた。反論に対しても彼は公平に対処した。決定は公明正大であった。
宰相代行ルートヴィッヒ・ラインハルト侯への反発は、尻すぼみになっていった。
会議中に提供される茶の質も上がった。そもそも茶葉が良くなった。執務室でベルンハルトやルートヴィッヒが好むものを、アリエルが持ち込んだのだ。見計らった頃合いに茶が注がれるようにもなった。些細なことだが快適に会議ができるということは大きい。
書記官たちにも茶が提供されるようになり、貴族の家臣のルートヴィッヒへの心証も良くなった。
きっかけは些細なことだ。
「なぜ、お前の分の茶がない」
アリエルの分がないことに気づいたルートヴィッヒが、自分の茶をアリエルに渡した。平然と二人で一つの器から茶を飲む様子に、一部の貴族が不謹慎だと騒いだ。
「ならば、書記官の茶も、用意したら良い」
結局、貴族が各自連れてきた書記官たちにも茶が提供されるようになった。毒殺を警戒する意見もあった。だが、御前会議に提供されるものは、すべて一度は毒見がされている。気にする者もいなくなった。
宰相代行がルートヴィッヒになったことで、貴族達のそれまでの御前会議の決め方が通用しなくなった。
今までは、意見一つ言うにも、最大の権力を持つ侯爵に事前に根回しをし、賄賂を送る必要があった。侯爵は先王妃の実家であり、今の王妃シャルロッテの後ろ盾だ。だが、宰相でも宰相代行でもない。
ベルンハルトが任命した宰相代行は、王都竜騎士団団長ルートヴィッヒ・ラインハルト侯だ。根回しをと考えた貴族たちは困り果てた。
根回しをするには執務室にいるルートヴィッヒに、面会せねばならない。当然そこには、国王もいる。根回しのはずが、上奏になってしまう。
訓練中に会えないかと画策した強者もいたが、ルートヴィッヒに無理だと断られ、アリエルに下手に素人が近づくと危険だと言われた。高潔を旨とする竜騎士の最高峰を相手に賄賂が無理なことは予想された。アリエルに探りをいれた者もいるが、さすがに試し切りなさらないと思いますけど、どうでしょうと脅された。
正攻法で面会を申し込んだ者のためには、ルートヴィッヒが面会時間を確保して、応接室で対応してくれることは、すぐに知られていった。
壁に飾られた武器が鋭い輝きを放つ部屋は、恐ろしい。だが、話をしてみれば、ルートヴィッヒはさほど恐ろしい男ではなかった。領地のことで相談すると、親身に相談に乗ってくれた。必要であれば、その問題に見識ある者を紹介してくれることもあった。
ルートヴィッヒは、時に複数の貴族を集め、打ち合わせをする手間も取ってくれた。国王への奏上も早く、賄賂を要求することもなかった。宰相代行であるルートヴィッヒとの面会を希望する者は増え続けた。
侯爵家の御前会議での権力が徐々に削がれていった。侯爵家に根回しを頼み、賄賂を積むよりも、ルートヴィッヒと面会したほうが、物事が早く進む。
執務室づきの侍女であるマーガレットの仕事も忙しくなった。増えた客人の対応は、マーガレットの仕事になった。
アリエルは、忙しいだろうに、数日毎に焼き菓子を持ってきた。
「それなりに手間もかかりますけど。これがあった方が、お仕事がはかどります」
アリエルの言うとおりだ。今日の分の仕事が終わった者から食べて良いと言われて、仕事をさぼる者などいない。
訪問客達は、王宮にある厨房からの菓子が振る舞われた。思わぬ歓待だと、喜ぶ者は多かった。
「毒殺されかけたルーイに、厨房の誰がつくったかわからないものを食べろなんて言えないよ」
菓子は、歓待というより、ベルンハルトのルートヴィッヒへの心遣いのお溢れだ。
「私はルーイと一緒が良いから」
ベルンハルトの子供の頃を取り戻そうとするかの言葉は、残念ながら異母兄ルートヴィッヒには今一つ伝わらない。
「では、鍛錬もご一緒しましょうか」
「程々なら、まぁ、頑張れないこともない」
「では、程々で」
兄弟は仲が良い。
「竜丁、私はこれも作ってみたい」
エドワルドは、母の代わりの温もりをアリエルに求めているようにも聞こえる。
「では、殿下のお好きなものをいれてみましょうか。何にしましょう」
楽しげに語るエドワルドとアリエルを、ベルンハルトとルートヴィッヒが穏やかに微笑みながら見守っている。
家族だ。
マーガレットは、自ら破滅の道を突き進むシャルロッテが、眼の前の家族を道連れにしないことを、願った。




