26)御前会議1
吐く息が白くなる季節になった。アリエルはかじかんだ手を、吐く息で温めた。ベルンハルトがくれたウサギの毛皮の帽子と襟巻が暖かい。手袋をすると掃除の邪魔になるから、今は外している。
もう少し寒くなって、雪が降るようになったころ、毒矢で襲われた。アリエルはあの頃、竜丁として、王都竜騎士団の敷地内だけで暮らしていた。今は、宰相代行も勤めるルートヴィッヒの補佐として日の半分を、王宮にあるベルンハルトの執務室で過ごしている。
冬になり、日が短くなり、集まって訓練できる時間が短くなった。その分、ルートヴィッヒが王宮で過ごす時間が増えている。
ベルンハルトとルートヴィッヒが二人で執務することに周囲も慣れ、仕事の効率は良くなった。
本来、宰相が使うはずの部屋は、きれいに片付けられ、ルートヴィッヒが鍛錬に使っていた。一人で鍛錬をすることもあるが、時に護衛騎士を相手に手合わせもする。
「ルーイが強い理由がわかったよ」
左の鎖骨を骨折してからしばらくは、逆立ちなどを避けていた。今は逆立ちのまま部屋を歩き、怪我を感じさせることもない。竜騎士は、飛んでいる竜からそのまま飛び降りる等、無茶なことも必要なので、軽業師のような訓練も必須だ。
ある程度体を動かし、汗を拭ってまた執務に戻る。
「切り替えがあったほうが私は楽ですね」
顔立ちはよく似た兄弟だが、何時間でも座ったまま執務をこなすベルンハルトと、時々動かないと落ち着かないルートヴィッヒは、対照的だった。
木々から枯れ葉も落ち、枝だけになったころベルンハルトは言った。
「そろそろ、御前会議に出てもらいたい」
ベルンハルトの言葉に、ルートヴィッヒは反対しなかった。
「ルーイは帯剣したままでいい。竜丁ちゃんも、それは僕が下賜した剣だ。必ず帯剣してくるように。個人で帯同できる護衛は一人だ。ルーイの服装は竜騎士団の平服にしよう。代行だからね。宰相の服は着ないと言えばいい。貴族が文句を言うだろうが、誰が文句を言うか見てみたい。あと問題は竜丁ちゃん、君だ。君の服。竜丁としての服でなく、貴族の娘が着るような服に近いものを着てはどうか、と私は思う」
「煽るのか」
出席そのものは反対しなかったルートヴィッヒが顔を顰めた。
「んー、そうともいう」
「反対だ。竜丁に要らぬことを企んでいるのは王妃だろう。王妃は御前会議に出席などしない」
「そう。でもね、王妃の企みを止めない侯爵家は御前会議に出ている」
「動きにくいだろう」
「だから、腕のいい仕立て屋に、貴族の娘の服に見えて、実際は剣を振れる服を作ってもらおうと思う」
「そんな仕立て屋がいるのか」
「実は、君のところのリヒャルトの、兄夫婦に探してくるように頼んであった。最近、めぼしい工房を見つけてきてくれてね」
「リヒャルトの負担にならないとよいが」
「いや、その工房の主ってのが乗り気で、女剣士ってのがいるなら、ぜひ俺に服を作らせてくれと売り込んできたらしい」
「そこまで勘違いしていただいても、困ります」
アリエルの言葉に、護衛騎士達が笑いをこらえた。意図的に周囲が勘違いさせているから仕方がないが、アリエルは確実に上達していた。
自分がそれなりに、腕が立つとおもうと、有事に飛び出していきかねない。アリエルの性格を見越したルートヴィッヒが、稽古相手を厳選しているので、アリエルは勝ったことが一度もない。だから、弱いと思っている。
「まぁ、ほら、何かあったらその剣使うんだから、女剣士でいいんだよ」
ベルンハルトも、笑顔を顔に貼り付けた。




