24)エーリヒの処遇
鴉は情報代を要求した。その鴉の口に、カールがアリエルの作った兵糧のようなものを押し込み、黙らせた。
「うまいな、これ、なんだ、これ」
目の前で美味しいと言われて嫌な気はしない。アリエルは微笑んだ。
「お前、金払ったところでな、こういうの食えるか。これ作った女の飯、食ってみたいよな。今度ちゃんと連絡寄越して、正面からこい。これを作った女の飯を食わせてもらう方法を教えてやる。そっちのほうがいいだろ」
「おぉ。それはいいな」
「ついでにな、ちょっとその左官のことで聞きたいんだけどさ。俺、ちょっとこいつ、まともな出口から出してきます」
カールは鴉を連れて出て行った。
「壁に死体なんて。そんな、臭いとかどうするのかしら」
「死体の分の厚みがあるだろう。壁を一度崩さないと無理じゃないか」
「ずいぶんと手間のかかる方法ですよね。おまけに、壁を壊したら、死体がまた出てきますし」
「壁を壊すなら、相当大きな音がするはずだ。王宮にしろ後宮にしろ、人は多いから気づくんじゃないかな」
「地下は」
「地下室はあるが、余計に音が反響するはずだ」
「そういえば、使ってない地下牢があるって、前にルーイが」
「それは、竜舎の下です。不定期ですが、確認はしています」
「王宮の地下室や地下牢の管理はどうなっていますか」
「地下室は武器庫や食糧庫だから、それぞれが管理している。王宮は侍従長、後宮は女官長管理だ。空の地下室など無いはずだ。牢はあるが、別の敷地になる。馬で半日はかかるね」
「他に使っていない地下牢や地下室が、埋もれている可能性はありますか」
アリエルの言葉に、ベルンハルトが腕を組んだ。
「気になるのはね。ルーイ、ずっと前、子供の頃、君が後宮の床を叩いて、ここがおかしい。下になにかあるのに入り口がないと言ったことだ」
「今となっては調べるのは難しいですね」
「王妃が床下の何かに続く入り口に、気づいていないといいが」
ルートヴィッヒとベルンハルトとアリエルの会話をエーリヒは呆然と聞いていた。
「死体があったら、そのうち、あの、かなり臭いますよね」
「そうなってから気づくのは嫌だねぇ」
「あの方の香水の匂いって」
「あれはずっと前からだよ。子供の時からかな。顔よりなにより、香水の匂いがきつい子がいるなって、覚えていたから」
ようやく戻ってきたカールを連れ、一行は王宮に戻った。執務室横の応接室には見事な家具が並ぶが、それに気づく余裕はエーリヒにはなかった。
アーデルハイド、エーリヒ、ライマーの3人が座り、向かい合うようにベルンハルト、ルートヴィッヒ、アリエルが座った。エドワルドも同席を希望した。だが、夜も遅くなったからと、護衛騎士達に付き添われ部屋に帰らされていた。
カールは外を警戒し、窓際に立っていた。
エーリヒは、彼の身に起こったことを語った。エーリヒが関わっているのは、伯爵家から王妃へと流れた二千枚の金貨だ。伯爵家の騎士が、金貨を自らの懐に入れていなければだが。その騎士の移動に、侯爵家の馬車が使われているというのも問題だった
「王妃様から、お金を要求されるなんて、御実家も大変ですね」
「普通はないはずだ」
「金貨二千枚は、何のためでしょう」
「俺の聞いた話に使うなら、あと二千枚必要だ」
誰も、エーリヒに関心を払っていなかった。
ライマーは、西方騎士団が、自らの行いを告白したときのことを思い出した。この兄弟はよく似ているらしい。
「ラインハルト侯、一つよろしいでしょうか」
「なんだ」
「兄のエーリヒの処罰はどうされますか」
「なぜ、処罰がいる。王妃が金貨二千枚分の目的が分からない金を持っているだけだ。それをエーリヒ殿がむしり取られたというだけだろう。無事に取り返してやれたらよいが。無理だろうな。そこはすまない」
エーリヒが呆然と、ルートヴィッヒを見た。
「エーリヒ殿、次に王妃の使いを名乗るものが来たら、生け捕りにしておいてくれ。殺すな。自害されないように気を付けて。こちらに身柄を引き渡してほしい」
ルートヴィッヒの要求はそれだけだった。
「領地までの道中、お気をつけてお帰り下さい。あなたは、利用されただけだ。今後、利用されないように、くれぐれもよく考えて行動されることを願います。あなたの忠誠は国王陛下に捧げるべきものです。王妃にではありません。そこをよく考えて行動なさってください」
話は終わりだと言わんばかりのルートヴィヒの態度に、エーリヒは唇を噛んだ。食堂での無礼な態度を咎める様子もない。自暴自棄になっていた自分が滑稽だった。
「帰りましょう」
アーデルハイドに促され、エーリヒは退出した。




