表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
176/250

23)鴉

 楽し気な声がして五人が二階から降りてきた。

「遅くなってしまった。兵舎に長居するわけにもいかないからね、王宮に戻るよ」

「ライマー、騎士団には連絡しておくから、君も来なさい」

「カールさん、トルナードにお会いになりました。寂しそうにしていたので、会ってあげてください」

「ちょっとだけ、トルナードの顔見たら追いかける」

カールは窓から飛び出していった。


「君が戻るまで待つ。警備兵の手間を増やしたくはない」

窓の外でカールが手を振り、闇に消えていった。


 何ら気負いのない会話に、エーリヒは呆然としていた。


「トルナードはしばらくカールさんを離さないでしょうから、少しお茶でも飲みましょうか」

アリエルは厨房に向かい、その後ろをエドワルドが追い、護衛騎士が従う。


「それにしても、ルーイが、やっとまともに。あぁもう、今日はお祝いだ。ルーイあっちで一緒に飲もうよ」

「酒は嗜みません。判断力が鈍る。今のような時期に、私は無理です。陛下御一人でどうぞ」

「いいよ、一人で二人分飲むから。ルーイ、お茶でいいから付き合ってよ」

「明日の執務に差し支えない範囲になさってください。書記官たちが哀れです」

「うーん。午前中、ルーイは来てくれないからなぁ」

「午前の間に当然終わらせるべきものが終わっていなければ、陛下が手を抜いておられたと、判断させていただきます」

冷静なルートヴィッヒに、上機嫌のベルンハルトが纏わりつくのは、この兵舎では珍しい光景ではない。

 

 お茶を淹れたアリエルが食堂に戻ってきた。食堂の外にいる護衛騎士達にまで茶を配ると、アリエルはルートヴィッヒの隣に、エドワルドはベルンハルトとルートヴィッヒの間に腰を下ろした。

「落ち着かれましたか。お話は場所を変えてお聞きしましょう。茶は飲んでおいてください。少々距離があります」

ルートヴィッヒの言葉に、エーリヒは、手元のコップを見ただけだった。


「これからが、いろいろ始まりだねぇ」

「そうですね」

兄弟二人が頷き合ったときだった。


「竜が騒いでる!」

アリエルが真っ先に叫び、剣を抜いた。

「どこだ」

「竜舎です」

「お前はここに居ろ、護衛騎士は陛下と殿下を、ライマーは残れ」

ルートヴィッヒが笛を吹き、先ほどのカールのように窓から飛び出していた。


 外からの敵に備える護衛騎士達の剣が光った。

「上は」

「問題ない」

アリエルの声に、天井から返事が返ってきた。

「何事だ」

一人理解していないエーリヒが腰を抜かしていた。


「誰か侵入者です。竜舎に入ろうとしたようです。でも、あそこには竜もいますし、今はカールさんがいて、入ったら危ないのに」

「そうだな」

アリエルの言葉に、一人前に剣を構えたエドワルドが頷く。


 数合の剣戟のあと、外は静かになった。


「こいつだよ」

カールの隣に、黒尽くめの別の男がいた。


「これ、鴉。昔の知り合い、今は足洗って左官だ。俺に会おうと思ったらしいんですけど。お前、ずいぶん腕落ちたな」

「こんな、怖いところと知ってたら入るか! 死ぬかと思った」

「俺が止めなきゃ、お前死んでたな」

「死神殿下に出くわすなんて、命がいくつあっても足りねぇよ」

「調べなかったお前が悪い」

「だって、王宮なんて、出入り自由だしさ」

鴉の言葉に護衛騎士達は顔を見合わせた。


「鴉といったな。一応警備も含め、私の管轄なのだが、あまり聞き捨てならないことを口にしないように。お前が蝙蝠と呼ぶ男の都合があるから、出入口の幾つかは残してある」

ルートヴィッヒの静かな声に鴉は首をすくめた。

「だから、入るなり死神殿下にぶち当たるここが使えた訳か」


 ルートヴィッヒが鴉を見た。

「要件は」

「俺は蝙蝠に言いに来たんであって、他の奴には用はねぇ」

「そうか」


 ルートヴィッヒは鴉の喉元に剣を突き付けた。

「言う気がないなら、その口は役に立たんな。何ならもう一つ口を用意してやろうか」

ルートヴィッヒの低い声が食堂の床を這った。


「いや、ちょっま、俺は蝙蝠の知り合いだぞ」

「私は蝙蝠の上官だ。かつてのお前たちの流儀で言えば、(かしら)だ。蝙蝠に言えるならば、私にも言えるはずだ」

低い声に殺気がこもる。


「蝙蝠、何とかしてくれ」

「お前が言えばいいだけだ。お前、相手が誰かわかってんだろ」

「言うよ。左官仲間に、壁に死体を塗り込んで隠す仕事を請け負って、金払いはよかったって、酒場で言ってて、次の日、死体になった奴がいる。場所は分からねぇ。目隠しして連れて行かれたそうだ。金のかかっていそうな上等などこかの屋敷だったらしい。やつの話が本当なら、多分後宮だ」

鴉の話に食堂が静かになった。


「死体は、男ですか、女ですか、何人ですか」

沈黙を破ったのは、アリエルだった。

「なんだ、嬢ちゃん、あんた随分怖いな」

「死神殿下の嫁、竜丁だから、当然だろ。鴉、質問に答えろよ」

「でかくて大変だったっていうから、男だと思う。人数は知らん」

「仕事を頼んだのは」

「身なりの良い男、腰には長剣だそうだ」

「他に、それを知る人はいますか」

「酒場にいた連中はみんな知ってる」

「他に、同じ仕事を請け負って、生きている左官はいますか。壁など、一人で塗るものとは思えませんが」

「あいつの左官仲間に、いるかもしれねぇ。ただ、一人殺されて、そうそう話すか」

「塗ったその壁は、今頃、もう乾いていますか。乾いていても他と区別がつきますか」


「嬢ちゃん、怖いな」

「質問に答えろ」

アリエルを誂おうとしたらしい鴉は、ルートヴィッヒの言葉に縮こまった。


「俺がその話を聞いてから、今日までってなら乾いたよ。ただ、他とは区別がつくだろう。汚れ具合が違うからな。それに壁の塗り方には癖がでることがある。わかるかもしれん」

「塗った壁を特定できて、壁をはがして遺体を確保出来たら、何かわかるでしょうが」

アリエルは溜息を吐いた。


「最近、王宮内に行方不明になった男性はいますか」

ルートヴィッヒは首を振った。


「竜騎士、騎士、警備兵、一般兵に関しても一切行方不明の報告はない」

ベルンハルトは眉を寄せた

「王宮は侍従長に聞けばわかる。問題は後宮だ。あそこは、侯爵家の息がかかった侍女頭が取り仕切っている」


「依頼人も死体も男性だったそうですが。後宮には男性はいますか」

「後宮といっても、庭は王宮に面している。庭師は男だ。あとは、王妃が伯爵家からつれてきた騎士か。三人と聞いている」


 ベルンハルトの言葉に、アリエルが息を呑んだ。アリエルが何に驚いたのか、同じ光景を見たハインリッヒには心当たりがあった。

「私が見たのは二名です。竜丁が王妃に謁見したとき、確かに騎士は二人しかいなかった」

その一人がどこに行ったのか。あまり想像したくはないが、手持ちの情報からは、一つの結論が導かれてしまう。


「一線を越えてしまわれたのでしょうか」

アリエルの言葉を沈黙が包んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ