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17)人間の柵(しがらみ)

 アリエルが執務室前で待っていると、ルートヴィッヒが帰ってきた。眉間に皺を刻んだルートヴィッヒは、アリエルを執務室に通してくれた。


 仕事を手伝っている時の椅子に腰かけるように促され、アリエルは座った。椅子に座ったルートヴィッヒはしばらく黙っていた。


「お前に何から話したものかと思ってな」

アリエルは、怒られるだろうと思っていた。だが、ルートヴィッヒは別のことを考えているらしい。あまり多く話す人ではないから、きっかけがあったほうがいいとアリエルは先に口を開いた。


「私は怒られると思ってきたのですが」

「あぁ、殿下へのあの対応か。いろいろうるさい貴族がいたら、問題になるだろう。今日は、お一人だった。口うるさい貴族はここへは来ない。本来、付き添っているべき護衛もいなかった。警備上は問題だが、今日は好都合だった。あの場では、なぜか全員が同じ空耳を聞いたのだ。それでいい。ただ、またいらっしゃったら、どうするかが問題だ。同じ手を使っていると、そのうち揚げ足を取られる」


 貴族に対して容赦ないルートヴィッヒの態度に、さすが元王族だとアリエルには思えた。


 少し言い淀んだ後、ルートヴィッヒは続けた。

「お前、今日の会話を聞いて、何を知った」

ルートヴィッヒの瞳は時に、光の角度で金色めいて見える。今は普段よりも暗い色に見えた。

「団長様が、もともと王族で、王位継承権があったこと、今は臣下に下り、貴族であること、彼は今の国王陛下のご子息であること。よって団長様は、今の陛下とご兄弟という関係であること、です」

アリエルは自分の推測を述べた。

 

 兄弟なら、何番目かの王子として、政治的に国を支えればいいと思う。命の危険のある竜騎士になり、王位継承権を放棄とは、国王の身に何かあったらどうするつもりだと言いたくなる。殿下と呼ばれる先ほどの子供に、国王としての実力が期待できるのは、当分先のはずだ。


「まぁ、上出来だな。私の母は、ヨハン前国王が視察先で無理やり手籠めにした村娘ときいている。私は庶子だ。国王陛下であるベルンハルト様の母君は、この国の侯爵家のご息女テレジア様だ。残念ながら、私が、陛下より二日早く生まれてしまったらしい。前国王陛下は、自分が手を付けた女が、自分の子供を孕み産んだことすらご存じではなく、私は認知もされていなかった。ところが、今の国王、ベルンハルト陛下が、一歳にもならないうちに大病をされた。このままでは、血が途絶えるとなったとき、とある侯爵が、村にいた私の母と私を見つけ出した。私は王宮につれてこられ、私を見つけ出した侯爵が後ろ盾となり、ヨハン前国王陛下に認知された。物心つく前だ。それ以降、ベルンハルト陛下の唯一の庶子の兄弟として、いずれお側に仕える者として育てられた。十歳頃のとき、貴族の間で力をふるっていた侯爵、前国王の妃であるテレジア様の父親が亡くなられた。その間に別の貴族が動いて、宰相になり、本来庶子であり、王位継承権のない私に、第二位の王位継承権を授けた。テレジア王妃のご実家を継いだ弟君、今の侯爵と当時の宰相が対立し、旗印に第一位王位継承者だった陛下と、第二王位継承者の私がそれぞれ祭り上げられた」


 アリエルは、トールの言葉を思い出した。仲間であるはずの人間に命を狙われ、トールの檻に逃げてきた子供。暴れ竜と呼ばれ、恐れられていたトールより、同じ人間の方が、当時のルートヴィッヒにとって危険だったのだ。


「色々あって、私は竜騎士になった。それに前後して、私の後ろ盾になっていた侯爵家が、政争に敗れ、取り潰しになった。宰相はそれ以来空席だ。私は、竜騎士になったことを機に、王族からも籍を抜き、王位継承権も放棄した。しばらくは、一介の竜騎士だった。その間に、ベルンハルト陛下も無事に国王に即位され、王妃殿下との間に、エドワルド殿下もお生まれになった。私は、王都竜騎士団団長になった。国王陛下の剣と盾となった私に、刺客を送り込むことは、国王陛下への反逆と同じだ。私個人への刺客は、ほぼなくなった。団長就任と同時に、領地を賜り、今の侯爵という爵位をいただいた。領地と爵位は王都竜騎士団長という地位に属するもので、私個人のものではない。前国王陛下の庶子が持つには十分な領地と爵位だ。私が現状に不満を持っているなどという疑いをもつものも減ると思っていた。そう思わない貴族は、残念ながら今もいる。一部貴族はまだ、私が邪魔らしい。早く厄介ごとから解放されたいのだが」


「随分、大変なことですね」

ルートヴィッヒが語った、彼の事情にアリエルは眩暈がしそうだった。王位継承権を持てない庶子が、当時の第一王子よりも僅か二日とはいえ、早く生まれるなど、その子供にとっては悪夢でしかない。よほど強い後ろ盾がなければ、殺してくれというようなものだ。


 おまけに、彼を利用しようとした侯爵に、本来はないはずの王位継承権を与えられてしまった。テレジア王妃や、第一王子や、王妃の実家の侯爵家からは敵とみなされただろう。彼の後ろ盾になった貴族が滅んでも、テレジア前王妃の実家の侯爵家に対抗したい勢力が、旗印として担ぎ出すことは可能だ。よく、殺されずに無事に育ったと思う。


「わかったのか」

王位継承権もからんだ貴族のことなど、村娘が一度に理解できるとは、ルートヴィッヒは思っていなかった。

「えぇ。団長様が厄介ごとから解放される日は、エドワルド殿下に弟君が数人できるまで、先延ばしのようですね」


 相対的に、王位継承権が低くなればいいのだ。この国の王位継承権は、直系男子が原則である。法律の教師に、最初のころに教えられたことだ。おそらく、彼はルートヴィッヒの微妙な立場を、アリエルが早期に理解できるように、考えてくれたのだろう。


「その通りだが、お前もそう思うか」

「国王陛下に、母君を同じとするご兄弟、あるいはご姉妹はおられますか」

「いや」

ベルンハルト国王には同母の兄弟姉妹がいない。

「では、前の国王陛下と、貴族の側室との間にお子様は」

「いない。彼方此方に種を蒔いた方だが」


 既に亡くなったとはいえ、国王であり、父親でもある男だ。ルートヴィッヒの言葉の辛辣さに、アリエルは彼の苦労を見た気がした。

「エドワルド殿下には、団長様以外には、伯父伯母もおられず、従兄弟もおられないということになりますね」

現状のままでは、エドワルドに弟が生まれるまで、王位継承権を持つものはこの国には増えないことになる。


「察しがいいな。それ以上言うな。誰かに聞かれたら、お前の身も危ない」

ルートヴィッヒは庶子だが、直系男子だ。エドワルド殿下に、万が一のことがあれば、王族の血を引く、国王ではない男子は、ルートヴィッヒだけになる。血統主義のこの国では、彼が国王にならざるを得ない事態だ。彼が結婚していないのは、そのあたりの厄介ごとをさけるためでもあるだろう。


「恐れ入りますが、国王陛下と王妃殿下との、ご関係は」

ルートヴィッヒの眉間にわずかにしわが寄った。

「側室でも迎えていただかない限り、エドワルド殿下は陛下のただ一人の御子となると聞いている」

夫婦仲が悪くても、跡継ぎを作るのは国王夫婦の仕事とアリエルはおもう。だが、夫婦の問題は他人にはわからない。


「団長様も、大変ですねぇ」

色々あって竜騎士になるまでの間が、刺客に襲われトールの檻に逃げ込んでいたころなのだろう。

「お前にわかるのか」

「いえ、あまりに大変そうですから。想像の範疇を超えた(しがらみ)があって、勝手にいろいろなことをして、面倒な(しがらみ)を増やす貴族もいそうで、理解や想像の範疇を超えているなと思っています」

アリエルは正直に言った。


「お前というやつは。ずいぶんと、酷なことをいってくれる。お前の言う通りだから、困ったものだ」

ルートヴィッヒが苦笑した。


「現状だけをいえば、殿下が世継ぎとしてのお立場を自覚され、それにふさわしい知識を身につけるべく、勉学に励んでくださったら、私も安心できるのだが」

ルートヴィッヒも、本当は甥がかわいいのだろう。ただ、たった一人の王子であるエドワルド殿下を推す貴族からしたら、もう一人の王族の血を引く男子であるルートヴィッヒは敵だ。近づくことが、好まれるわけがない。


「国のためにはいいですが、団長様は、傀儡政権を狙う方々の視点をお忘れではありませんか」

それこそ、愚かな王の補佐役となり強権をふるうことを夢見る貴族もいるだろう。


「お前は随分と嫌なことを言うな」

「団長様も、もう一度、一緒に法律の勉強されませんか。剣とは違う武器になります。叩いて埃が出たらいいのですよ」

法律をうまく使って、めんどうな貴族は失脚させたらいい。アリエルの意図は伝わったらしい。


 翌日から、法律の講義は、執務室で行われるようになった。


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