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15)王妃2

「面を上げなさい」

アリエルはゆっくりと顔を上げた。隣に付き添ってくれているのはハインリッヒだ。


 アリエルの視線の先には、これぞ貴族と言わんばかり、豪華な衣装に身を包み、派手な化粧を施し、香水の香り漂う女性がいた。まき散らされた香水の匂いで、頭が痛かった。光っているのは宝石だろう。沢山身に着けていて、重そうだ。多分、美人なのだろう。顔を盗み見たが、派手な化粧で、王妃の元の顔立ちは、アリエルには推測すらできなかった。


 コルセットで絞められた腰が細く、可哀想だった。平民のアリエルは、コルセットなどつけていない。


 貴族だけでなく、お金持ちの平民や、売春婦達はコルセットつけるらしい。リヒャルトの姉や妹達もつけていたそうだ。ルートヴィッヒが、貴族以外でコルセットをつけるのは売春婦だけと思っていたと、リヒャルトの父とリヒャルトに言ってしまった。それを聞いた彼女たちはコルセットを外した。言い方はともかく、リヒャルトの家族の健康のためにはよかったと思う。


 アリエルは、貴族の権力のため、観賞用として生きるのが貴族女性と思っていた。


 ベルンハルトとルートヴィッヒは、アリエルに故テレジア王妃は先王よりも政治手腕に優れ、基本的には善政を敷いたと教えてくれた。


 故テレジア王妃は、実家である侯爵家の権力を増大させてしまったが、テレジアがいなければ、国が滅亡したかもしれないと、ベルンハルトもルートヴィッヒも口を揃えた。ベルンハルトも、侯爵家から命を狙われていたルートヴィッヒですら、愚鈍な先王が悪いと断言した。二人共、故テレジア王妃を尊敬している。


 おそらくは、王太后となったテレジア王妃が傀儡とするためにシャルロッテを用意したのだろうとベルンハルトは言っていた。


 シャルロッテは王妃の責務の一つ、跡継ぎを生みはした。だが、それ以外は何一つ、責務を果たしていない。書類を見ればわかるし、護衛騎士達からも聞いている。王家に仕える護衛騎士から、情けない情報を流されるのは、彼らが、シャルロッテを、王妃失格と見做しているからだ。


 王妃の仕事である慈善事業はエドワルドとアリエルの二人が担っていた。孤児院や救護院も、シャルロッテではなくエドワルドが視察をしている。アリエルを同行させる話も出た。王都では、王都竜騎士団は大人気だ。王都竜騎士団の女竜丁も、人気だからと勧める意見まであった。


 馬車酔いがひどいから、アリエルには無理だというエドワルドとルートヴィッヒの意見で、アリエルは同行せずにすんでいる。今は、ルートヴィッヒがエドワルドに付き添っている。上空に竜騎士を待機させ、合図一つで急降下する手筈まで整えているあたり、本当に過保護な伯父だ。


 貧民街を実際に視察したことで、エドワルドが慈善事業に熱心になったことは大きかった。最初は民からの申請や、ルートヴィッヒやアリエルの提案を実行するだけだった。今はエドワルド自身が政策を考えるようになっている。エドワルドをルートヴィッヒが支えていた。


 王妃の職務である慈善事業をシャルロッテが放置し、エドワルドが代行したことが、この国の慈善事業を発展改善させた。無能かつ無責任であることが改善につながるとは皮肉なことだ。


 務めの全てを放棄した王妃の前で、アリエルはただ黙って姿勢を保っていた。


 できるだけ鼻を遣わず口で呼吸をしていたアリエルの耳に、また耳障りな甲高い神経質そうな女の声が響いた。

「お前が、竜丁か」

許可なくして、貴族の前で口を利くことはできない。


 竜丁という身分では、許可があっても直接話をすることはできず、付き添いのハインリッヒに伝え、ハインリッヒが王妃の侍女に伝え、侍女が王妃に伝えるという手順だと教えられた。


 アリエルはよほどうんざりした顔をしていたらしい。とりあえず黙っていろと、ルートヴィッヒに教えられた。いざとなれば、兄が適当に返事を考え出すから大丈夫だと、マーガレットは言った。あの時のハインリッヒの顔は本当に見物だった。


 アリエルは肯定を示すため、もう一度頭を下げた。竜丁らしい男物の衣類だ。清潔だが装飾は一切ない。マーガレットと護衛騎士達は、王妃に目を付けられないために、色々考えてくれた。


 流民の血を引くアリエルの派手な顔立ちは、マーガレットが化粧で、変えてくれた。鏡で見ると、自分でも派手だと思う目元の印象が和らいでいた。シャルロッテに仕える侍女は全員、平々凡々な顔になるように化粧をしていたそうだ。


 お詫びにあとで、美人にする化粧をしてあげると、マーガレットは約束してくれた。アリエルは興味があったが、ルートヴィッヒに却下されてしまった。


 笑い出したベルンハルトも、直後に真面目な顔になり、王妃をきちんと教育できていなくてすまないと謝られた。


 傲慢な態度で、神経質な声のシャルロッテは、自信の無さを隠そうと必死なようだ。愚王に代わり、国を治めた優秀な故テレジア王妃への劣等感だろうか。奮起して学べば良いのに、自ら学ぼうとしない人を、教育する方法などない。ベルンハルトが謝ることではない。


「私のエドワルドがずいぶんと世話になっているようですね」

王妃の言葉は慣用句だろうが、親が子供を自分のものと主張するようで、あまり好感は持てなかった。それに、エドワルドからシャルロッテとはほとんど接点がないと聞いている。


 アリエルは頭を下げた姿勢を変えなかった。剣の稽古をしておいてよかったと思う。カーテシーのまま頭を下げ続けているが、耐えられる。頭を下げているから表情も見えないはずだ。


 隣にいるハインリッヒも微動だにしない。


「下がってよろしい」

何だったのだろう。精神的にも、肉体的にも、ついでに鼻も疲れる謁見だった。



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