14)王妃1
「釣れましたね」
アリエルは、香水の臭いをまき散らす封書を見ていた。
「臭い」
ルートヴィッヒは窓を開け風上に陣取り、封書に近づこうともしなかった。封蝋よりも、強すぎる香水の匂いで、誰からの封書か全員が察した。シャルロッテだ。
王都竜騎士団の兵舎に閉じこもっていたアリエルが、半日王宮で過ごすようになった。ルートヴィッヒの書記官として会議にも出るため、有力貴族達の目に触れるようになった。
ベルンハルトとルートヴィッヒは、護衛騎士や竜騎士や影に命じて常にアリエルを警護する体制を整えた。今も兵舎の庭では竜がくつろいでいるし、竜騎士達は、月や星の光の中で動くためには慣れが必要だと、リヒャルトがルートヴィッヒを説得し、今も続いている。
アリエルという囮を相手に誰が動くかという問いへの答えは、予想通りではあった。
「あの、申し訳ないのですが」
かつてシャルロッテに仕えていたマーガレットに、アリエルは鼻を摘んだまま声をかけた。
「開けていただけますでしょうか」
「はい」
頼まれなくても、執務室つきの侍女の仕事である。マーガレットはすっかり記憶の隅に放り込んでいたシャルロッテの香水の匂いをこらえながら、封書を開いた。
アリエルにシャルロッテの元に面会にくるようにという封書だった。
「竜丁の私に何の用があるのでしょうね」
彼女と似たような仕事をしている書記官達が顔を見合わせていた。今の君は書記官だと言いたいのだろうが、懸命にも彼らは沈黙を守った。
「付き添いが必要だが」
「ルーイが行くのは止めておいたほうが良いだろうね。祝勝会で、君にかなり失礼な態度だった」
「しかし、竜丁一人では」
「それこそ、発言も出来ないからねぇ」
ルートヴィッヒとベルンハルトの会話に、アリエルが首を傾げた。
「発言が出来ないとは、なぜですか」
「謁見の決まりだよ」
アリエルの質問に、ベルンハルトが苦笑した。
「ある程度の身分がないと、王族と直接に会話出来ない。側付きの者に言葉を伝え、側付きの者が王族に言葉を伝えるという決まりがあってね。権威を示すための慣例なのだろうけれど、時間がかかって仕方がない」
さも、面倒くさいと言いたげなベルンハルトに、ルートヴィッヒも頷く。
「あの、兄が同行するのはいかがでしょうか」
「ハインリッヒか」
マーガレットの言葉に、ルートヴィッヒが首を傾げた。
「あの方は、兄や私を子飼いの部下のように思っておられますから」
不本意だが、事実は事実だ。だったら、その事実を利用すると、マーガレットは決意していた。
「確かに、護衛騎士よりも、竜騎士のハインリッヒの方がよいな」
ベルンハルトが頷いた。
「竜騎士の忠誠は国王にある。竜騎士は王妃の命令を拒否できる。護衛騎士には難しい」
ルートヴィッヒの言葉に、護衛騎士たちが頷く。
「付き添いは、王都竜騎士団副団長ハインリッヒに命じる」
「御意」
「後はあれだね。竜丁ちゃん、格好と言うか、今のままでは問題だ」
「竜丁の身分では、礼服などありませんけれども」
アリエルは今日も、ルートヴィッヒのお古を着ている。元が良い生地だが、礼服には出来ない。
「うん。そうなんだけど、そうだね。あれだ。マーガレット、なにか対策はないか」
奥歯に物が挟まったような言い方になったベルンハルトに、マーガレットは同情した。
「あまり王妃の気を引きたくはない。侍女たちは何に気を付けていた。それを竜丁に教えてやってくれ」
「はい」
ルートヴィッヒの言葉にマーガレットは強く頷いた。ようやく、マーガレットだけができる仕事がやってきた。




