11)執務室1
翌日、執務室では変わらない光景が繰り広げられていた。少し違ったのは、よくわからないものとエドワルドが言う焼き菓子を、アリエルにもらった書記官達が、嬉しそうにしていたことだけだ。
自分の分が無いと拗ねたベルンハルトに、昨日召し上がったではないですかとアリエルが容赦ない指摘をしていた。
「ルーイの竜丁ちゃんが冷たい」
「あら、お茶の時間に、用意したものがありましたのに、残念です」
「え、そうなの、やっぱり最高、君は優しい」
「お仕事した人の分しかございませんが」
「仕事します。勿論です」
マーガレットは、この国の頂点に立つはずのベルンハルトが、明らかに流民の血を引く竜丁と親し気に会話する様子を見慣れてしまった自分に驚いた。
そんな二人の様子に動じた風もなく、ルートヴィッヒは書類に向かっていた。その口が、少し動いている。朝、彼が机の上に置いた胡桃が一つ、割られていた。
「あー、ルーイ、君、一人で何か食べてる」
騒ぐベルンハルトに向かって、ルートヴィッヒは、無言で殻のままの胡桃を投げつけた。
「痛い」
胡桃が額に命中したベルンハルトは抗議した。
「いや、避けるか、掴むか、普通どちらかではありませんか。額で受け止めるなど、どういうおつもりです」
実際、ルートヴィッヒはベルンハルトが避けると思っていたのだろう。本気で驚いていた。
「竜騎士のルーイと一緒にしないでくれ」
ベルンハルトの額目掛けて胡桃はずいぶんと勢いよく飛んでいた。
「少しお借りします」
ベルンハルトの額を直撃し、机の上に転がった胡桃をアリエルは拾い上げた。ルートヴィッヒは、受け取った胡桃を小刀で割り、またアリエルに渡した。
「どうぞ。召し上がったら、お仕事ですよ」
アリエルはベルンハルトの机に、割れた胡桃をのせ、席に戻った。
「ラインハルト候、私も一つ良いだろうか」
エドワルドが言い終わる前に、ルートヴィッヒは胡桃を割り、エドワルドに渡した。次に割った一つは、アリエルの手に収まった。
「それにしても、額で受けるとは」
ルートヴィッヒは、本気で驚いたらしい。
「速かったのではありませんか。竜騎士様達であれば避けたでしょうけれど」
アリエルはそう言いながら、書類に目を通していた。
「そうか」
二人だけが納得している会話に、マーガレットが呆れたときだ。
ルートヴィッヒはもう一つ胡桃を手に取った。その手をアリエルは掴んだ。
「護衛騎士様で試さないでください。団長様もお仕事です」
アリエルの鋭い声に、ルートヴィッヒは黙って胡桃を机に置き、仕事に戻った。
「お前達、危なかったな」
エドワルドの言葉に、護衛騎士の誰かがこらえきれずに噴き出し、その方向に胡桃が飛んでいった。
「ほら、やはり受け止めるではないですか」
「団長様、ですから、護衛騎士様で試すのではなく、お仕事です、お仕事」
「それは、君が食べて良い」
「ルーイはなんでも、確かめたい性分だからね。机の上の胡桃が無くなるまで、君達、気を付けたほうがいいよ」
「後で確かめればよいではないですか。マーガレット様、お仕事終わるまで、胡桃は片付けておいてください」
アリエルの言葉に、マーガレットは笑いをこらえながら、胡桃を片付けた。
「食べ物で遊ぶなんて」
「遊んでなどいない。後で確かめるからいい」
胡桃を取り上げられたルートヴィッヒが、拗ねているのがマーガレットにもわかった。
とうとう、書記官の一人が部屋の外に出て行ってしまった。抑えた笑い声が廊下から聞こえてきた。
「どちらにしろ、聞こえるのですから、書記官さんも、わざわざ外に出なくても。それにしても、何がそんなに面白いのでしょう」
「竜丁、お前は本当に、賢いのか賢くないのかわからない」
エドワルドの言葉に、マーガレットは心の底から賛成した。国王と王都竜騎士団団長を、面白くしているのは竜丁さん、あなたです。マーガレットは、喉元から出そうになった言葉を飲み込んだ。




