8)執務室つき侍女マーガレット2
「陛下、数日お待ちいただけますか。最近、移動のときに用意している兵糧のようなものであれば、ご用意できます。ですが、今日はご用意できませんし、戻って材料を確認する必要がありますから、いつとは申し上げられません」
用意できるというアリエルの言葉にベルンハルトは顔を上げた。だが、よくわからないものの代わりに、兵糧のようなものと言われても、ますますわけがわからない。兵糧と言えば、硬くて不味いの代名詞だ。だが、マーガレットには心当たりがあった。
「君は知っているのか」
マーガレットの納得した様子はベルンハルトの目に留まったらしい。
「兄から聞いております。兵糧のようなそうでないようなものだが美味しいと兄は申しておりました」
「ハインリッヒか。一体何だかわからないが、美味しいらしいなら楽しみだ。いつになる」
「北に行くときに、作ったので、材料がかなり減っています。一度、確認しませんと、いつとは申し上げられません」
数日後、アリエルが持ってきた兵糧のようなものは、その日、執務室にいた全員の腹に収まった。
「毎回同じでは、皆さん飽きてしまうでしょうし、どうしましょう」
「厭きない」
アリエルの言葉に即答したベルンハルトに、ルートヴィッヒが苦笑した。
「陛下、王宮の厨房の者が悲しむでしょう。彼らにも、用意させたらよいではありませんか」
ルートヴィッヒの一言に、ベルンハルトは突然、立ち上がり叫んだ。
「だって、ルーイはそういうの、食べないじゃないか。私はルーイと一緒に同じものを食べたい。ずっとそういうのに憧れてたんだ。使用人達も、一緒に食べるのに、私は一人だった。ルーイがいた時だって、二人で一緒に食べられたのは、本当に小さいときだけだ。毒見されていて安全なのは私の分の料理だけだった。だから、二人で交代で食べたりしてたろう。君が戻ってこないときもあった。私は待ってたのに。あの頃、私は侍女達がしびれを切らすまで、君が帰ってくるのを、ずっと待ってたんだ。だから、今は一緒に同じものを食べたい」
ルートヴィッヒの一言は、意図せずしてベルンハルトの心の傷をえぐったらしい。ルートヴィッヒは静かに立ち上がると、ベルンハルトの両肩にそっと手を置いた。
「陛下、お気持ちを存じ上げず、申し訳ありませんでした。当時、私も自分のことで精いっぱいで殿下の御心も知らず、ご心配をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます」
マーガレットは、兄弟がかつて過ごした日々を想像し、胸を痛めた。マーガレットの父も、ルートヴィッヒの命を狙った王妃派の一人だ。次兄のハインリッヒは、彼に近づくために、父の命令で竜騎士になった。当初は、彼に近づき殺す予定だったとハインリッヒから聞かされてもいる。今、ハインリッヒはルートヴィッヒの不利にならないように、適度に調節した情報だけを、貴族に伝えていた。
執務室にいた者全員が、過酷な運命を生きた兄弟の絆に思いを寄せ、心が通い合った瞬間が長く続くように願った。
「だから、明日の夕食」
「それとこれは、話が別です」
その心温まる時間を、破壊したのも同じ兄弟だった。ベルンハルトが何かをねだり、ルートヴィッヒがそれを突っぱねたのだ。
「ルーイが冷たい。だって、北から帰ってきてから一度もないんだよ。たまには食べたい」
「あのですね、陛下、お料理している間、お仕事ができないという重大なことをお忘れではありませんか」
アリエルの言葉に、ベルンハルトは嬉しそうに笑った。
「じゃぁ、仕事を片付けたら、いいんだよね」
マーガレットには全くわからない会話のあとの数日、ベルンハルトは熱心に執務に取り組んだ。




