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16)小さな訪問者

 秋の澄んだ空気は気持ちがいい。アリエルが、兵舎の掃除をしているときだった。

「おい、そこの娘」


 身なりの良い少年がアリエルを見ていた。ここに来てから、新入り、竜丁、お前、お嬢様、と呼ばれている。そこの娘という呼び方は、初めてだった。斬新な呼び方だが、返事をどうしたものか迷った。一応周囲を確認したが、見える範囲に女性はいない。そもそも王都竜騎士団の兵舎周辺にいる女性は、マリアとアリエルだけである。


「どちら様ですか」

「無礼な。私を知らんのか」

「残念ながら、存じ上げません」

「お前、伯父上のところにいる、変な女だろう」

ここでのアリエルの雇用主は、ルートヴィッヒである。彼に甥がいるとは聞いていなかった。この少年の顔を知らないだけで、無礼と言われてしまうらしい。あるいは別の竜騎士の甥だろうか。


「恐れながら、あなたのおっしゃる伯父上とはどなたのことでしょうか」

「お前、知らんのか」


 その時、複数の靴音とともに、竜騎士たちが現れた。全員が、一斉にその少年の前に跪く。アリエルは竜騎士たちに、柱の陰に移動させられた

「エドワルド殿下」

最前列に跪いていたのは、団長のルートヴィッヒだった。

「いらっしゃるのであれば、先ぶれをいただきたく存じます。突然いらっしゃっては、お出迎えもできません」

言葉遣いは丁寧だが、黙って押しかけるなといっているに近い。


「そうはいうが、伯父上は、先ぶれを立てたら、訓練で不在にするだろうが」

ルートヴィッヒに、甥がいることに驚いた。ルートヴィッヒは意外と、甥に冷たいらしい。そういえば、団長のルートヴィッヒも含め、竜騎士達の家族構成など、アリエルは知らなかった。


「殿下、その呼称はおやめください。私は、継承権も放棄し、籍も抜き、臣下に下った身です。どうか、ラインハルトとお呼びください」

アリエルは、ルートヴィッヒの言葉を反芻した。殿下と呼ばれる少年に、伯父上と呼ばれている。臣下に下ったというなら、下る前は王族だったということだ。とすると、放棄する継承権は王位継承権だ。世が世なれば、ルートヴィッヒは国王陛下になりうるとか、そういう人だったのだろうか。


「そうはいうが、伯父上は、伯父上だ」

「ラインハルトとお呼びください」

ルートヴィッヒの鋭い声に、周囲が静まり返った。


「ラインハルト侯」

小さな声がした。偉い。よく頑張った。機嫌の悪そうなルートヴィッヒの鋭い声には、迫力があった。子供なら、竦んで声が出なくなりそうなくらい、怖かった。迫力に負けず、きちんと彼の要求通りに呼んだ少年を、アリエルは心の中で褒めた。


「はい」

返事をしたルートヴィッヒの声からは、先程までの鋭さが消えていた。結局は、ルートヴィッヒも甥が可愛いのだろう。


「貴殿のところにいる娘を、私の法律の教師が教えているそうだな」

アリエルの知らないところで、法律に関して殿下と同門になっていたらしい。

「はい」

「会ってみたい」

「残念ながら殿下。村娘です。殿下にお会いできるような作法など知りませぬ」


 その通りです。ぜひ、断ってください。アリエルは、柱の陰から、かろうじて見える、ルートヴィッヒの外套の裾に念じた。

「それは構わない」

「殿下が構われずとも、側近の方々は気になさるでしょう。竜騎士団の竜丁です。無礼者として手打ちにされては、こちらが困ります。人手が足りません」

「他の者がいなければ、わからないだろう」

「どこでだれが見ているやもしれませぬ」


 ルートヴィッヒの懸念もわかる。王族相手に無礼を働いて、罪に問われても困る。そもそも、何が無礼か、貴族の作法など知らない。会わせないという、ルートヴィッヒの選択肢は、簡単で最善だろう。とはいえ、ここまでやってきて、不機嫌そうに断り続けるルートヴィッヒ相手に頑張る少年を追い返すことが、アリエルには、かわいそうに思えてきた。


「私は今、どなたにもお会いしていません」

アリエルは少年に届くように声を張った。外套がはためくような音がした。ルートヴィッヒ達が体の向きを変えたのだろう。アリエルが見える位置の竜騎士が、焦った顔でこちらを見ていた。


「高貴な方のお姿をお見掛けしてはおりません。なぜか、どなたかの声が、聞こえるような気がしますが、気のせいでしょう」

会わないで、話をする分には、声がたまたま聞こえてしまうなら、何とかなるだろうとアリエルは踏んだ。


「そうだ、気のせいだ。何やら、空耳がするだけだ」

意図を悟ったらしい少年が叫んだ。聞き覚えのある誰かの嘆息が聞こえたが無視した。


「ラインハルト侯のところの女が、勉学に熱心だというから、変な女を見てみたいとおもったのだが、残念だ。今日はいないらしい」

きちんと話を合わせてくるあたり、賢い子供だ。子供のころは確かに、勉強が面白くないのも無理はない。


「法律を勉強したら、悪者の悪事を暴いて、成敗することができます。剣はなくとも、悪者退治ができるなら格好いいではありませんか。物語の英雄のようです」

男の子はそういうのが好きなはずだ。

「物語の英雄になりたい女などいるわけがないから、空耳だな。ラインハルト侯、今日は妙に空耳がたくさん聞こえる変な日だから、私は部屋に戻ることにする」


 少年の声は弾んでいた。

「お送りしましょう」

軍靴が響き、竜騎士たちが一斉に立ち上がったことがわかった。

 

 柱の陰にいたアリエルを、エドワルドは覗き見ていった。幻覚が見えたと叫んだ少年はかわいらしかったが、そのあとにルートヴィッヒと目が合った。何も言われなかったが、執務室にいって怒られた方がいいだろう。アリエルは覚悟を決めた。






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