6)宰相代行2
執務室には、エドワルドも来た。
マーガレットは子供の頃、父の執務室に足を踏み入れたことなどなかった。マーガレットも兄達も、父の執務室に入れるようになったのは、成人間近になってからだったから驚いた。
子供ながら、エドワルドはそれなりに執務を手伝うことが出来た。エドワルドの父と伯父は、エドワルドに、実務を少しずつ教えていた。
王妃が担うべき慈善事業は、アリエルとエドワルドが担っていた。ルートヴィッヒとベルンハルトは助言をするだけだ。シャルロッテが放棄している王妃の義務を、息子のエドワルドが代行しているだけであれば問題はない。だが、アリエルが関わっていることを、シャルロッテが耳にしたら問題だ。シャルロッテの要らぬ嫉妬を招きかねない。マーガレットは危惧した。
「やはり、君もそう思うよね」
マーガレットの危惧にベルンハルトは苦笑し、ルートヴィッヒは眉間の皺を深くした。
「でも、どなたかがやらねばならないことですし、陛下と団長様は、すでに十分お忙しいですし」
シャルロッテの性格をわかっていないアリエルの発言に、エドワルドも一人前に溜息を吐いた。
「竜丁、お前は賢いのか賢くないのか、時々わからない」
エドワルドの言葉に、マーガレットのみならず、護衛騎士までもが頷いていた。
「まぁ、ルーイが自分の身を大事にしないのに比べればよっぽどましだよ」
ベルンハルトの発言は、ルートヴィッヒの神経を逆撫でしたらしい。
「陛下、では、陛下は御身を大切にされるため、そろそろ剣の稽古をされますか」
マーガレットは故郷にいる長兄と、竜騎士になった次兄ハインリッヒの、子供のころのくだらない喧嘩を思い出した。長兄に構ってほしいハインリッヒが、時々余計なことを言って長兄を怒らせていた。ハインリッヒがここで逆らうと、長兄と喧嘩になった。
「そうは言っていない。私は今日の仕事を終わらせるために、書記官達と職務に励むことにするよ」
幸いなことに、目の前の二人は大人だった。
「まぁ、それはそれはよいことですわ。殿下も陛下を見倣って、頑張りましょうね」
「もちろんだ」
「竜丁ちゃん、何か今、私はひどいことを言われたような気がするのだが」
「まぁ、何のことでしょう」
鈴を転がすように竜丁は笑った。
「マーガレット様、お手数ですが、皆さんにお茶をいただけますか」
「かしこまりました」
本来、侍女のマーガレットが気を利かせて、茶を用意すべきだ。だが、アリエルのほうがよく気づいた。集中している時、ベルンハルトもルートヴィッヒも人の声を嫌う。兄弟の気質をよく知るアリエルは、マーガレットにそっと目配せをして、教えてくれた。
アリエルが、皆さんにと言う時は、書記官や護衛騎士、マーガレット自身も含めて、茶を提供するようにという意味だ。最初、マーガレットは驚いた。仕える立場のものが、主と同じ茶を飲むことなどありえない。マーガレットが何に驚いているか、アリエルもルートヴィッヒもわからなかったらしい。不思議そうに顔を見合わせる二人に、ベルンハルトは笑った。
「ルーイと竜丁ちゃんのいる王都竜騎士団は、身分も何も関係なく、全員が、竜騎士とその関係者で家族みたいなものだからね。この執務室には、身分の違う人達がいるだろう。主と使用人の関係だよ。主のお茶を使用人は飲まないものだ」
一時は王族だったルートヴィッヒはそれで納得したらしい。だが、アリエルは首を傾げた。
「でも、お茶は皆で飲んだ方がおいしいです。お茶で気分がすっきりして仕事が捗れば、効率が良いのではありませんか」
「お前らしいな」
「竜丁ちゃんらしいね」
兄弟の言葉が重なり、誰からともなく笑いが起こった。
「確かに、私たちが早く仕事を済ませたほうが、この国のためになる。マーガレット、お前達の分も含めて、ここにいる全員分の茶を用意してくれ」
ベルンハルトの言葉にマーガレットは深く礼をした。その時からの習慣だ。アリエルが持ってくる茶葉は薫り高く、ベルンハルトもルートヴィッヒも好んだ。




