表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/250

3)竜侯と領民2

 早朝の鍛錬を、ルートヴィッヒ達竜騎士は欠かさない。


 執務室では、執事一家とアリエルと、ハインリッヒが、ルートヴィッヒの執務を手伝った。座ったままひたすら書類と格闘しながら、不平不満をこぼす二人の竜騎士を、アリエルは上手く宥めながら、仕事をした。時に、手合わせをしてこいと、二人を追い出したりもした。

 

 ペーターとペテロの双子は、氷室の氷を取引先へと運ぶため、飛び続けた。昨年の氷室の事故の後、氷の契約をリヒャルトが抑えていたことが幸いした。

「商人も大変な仕事だな」

ルートヴィッヒの言葉に反対する者はいなかった。


 二週間で契約の氷を運ぶため、最後の数日はハインリッヒも氷をヴィントに括りつけて飛んだ。ルートヴィッヒが飛ぶという話もあったが、それでは執務が終わらないと執事に猛反対された。


「疲れた」

執務を手伝っていたハインリッヒが不在となり、アリエルとルートヴィッヒだけが執務室にいる時間が増えた。執事も気を遣ってか、必要時以外は、執務室に入ってこようとはしなかった。


「アリエル。少し休憩だ」

アリエルが淹れた茶を飲むとき、ルートヴィッヒは、アリエルを膝の上に乗せて抱き、頬ずりをし、口づけた。

「ルーイ」

そんなルートヴィッヒに、アリエルは微笑んだ。


翌朝だ。

「竜侯様、竜丁様。村長と俺のじゃねぇ、ええっと僕の両親が手紙のお礼を言いたいって言ってます」

執務室に、村の少年がやってきた。ルートヴィッヒが手紙を届けてやった護衛騎士の弟だ。彼の両親と村長から、ぜひということだった。貴族でもない彼が護衛騎士となれたのは、騎士団にいた彼の腕前をルートヴィッヒが目に止め、それを聞きつけた貴族が、身元を保証し推薦したからだ。


 残念ながら、その一件をルートヴィッヒは全く覚えていなかった。村から王宮で働く人間が出たのは初めてのことらしい。家出して、行方知れずになっていた少年の大出世に、村は沸き立っていた。


「手紙を届けただけだったのだが、ここまで感謝されるとはな」

少年に案内されながら、ルートヴィッヒとアリエルは村長の家に向かった。


 到着するなり、アリエルは、笑顔の村の女たちに手を引かれ、ルートヴィッヒとは別室に連れていかれてしまった。

「いや、すみませんなぁ。竜丁様は村の女に人気でして。今年は一緒に市場にも行けなかったもんで、みんな待ってたんですよ」


 アリエルが、領民に好かれていると聞いて、ルートヴィッヒも悪い気はしない。わずかにほほ笑んだことを、先代の村長が見逃すはずもなかった。

「今回はすぐにお帰りとのことで、残念です。村の者で宴を用意しました。ぜひ、おくつろぎください」

予定通りだ。合図の言葉に村人たちは沸き立った。


「宴はありがたいが、今日は他の者たちが出払ってしまっている。せっかく用意してくれたのに申し訳ないが、夜まで待てないか」

竜騎士たち三人は、氷を運び、今日は夜まで戻らない予定だった。宴を開いてくれるのであれば、ルートヴィッヒは彼らも参加させたかった。


「まぁまぁ」

「せっかくですから」

「こちらですから、どうぞ」


 村長と先代村長に促され、村の集会所に着いたルートヴィッヒは目を見張った。村の冬は長く、男女を問わず編み物が盛んだ。細い毛糸で編んだベールは、母親が娘の結婚式のために編んでやるものだと聞いたことはあった。


 ベールを着せかけられた黒髪の娘がいた。毛糸が描き出す模様の向こうに黒い瞳が見えた。

「竜候様。ここはあなたの領地だ。わしらはあなたの民だ。わしらからの結婚のお祝いだ。ここにいる間くらい、煩わしいことを忘れてください」

村長の言葉に、ルートヴィッヒは言葉が出なかった。ただ、黙ってアリエルを抱きしめた。


「祝いだ」

村長の言葉に、村人たちが歓声を上げた。村人たちに囃し立てられ、ルートヴィッヒは、そっとベールをあげて、アリエルに口づけた。アリエルの頬を伝う涙を優しく拭った。


 翌朝、出発だった。予定の氷をなんとか運び終え、執務も最低限必要な分だけは片付けることができた。山道や橋の手入れなど来年に積み残したことも多い。領地を接する貴族と話し合わねばならないこともあったのだが、来年に先延ばしにしてもらった。


「来年はぜひ、ゆっくりいらしてください」

「そうしたいものだ」

執事の言葉にルートヴィッヒは答えた。アリエルは、村の女たちと別れを惜しんでいた。土産に用意された品は多く、昨年より少ない竜で運べる量ではなかった。来年の約束をして村の女達と抱き合い涙を流すアリエルを、ルートヴィッヒは黙って見ていた。


 王都に戻れば、宰相代行としての職務が始まる。王都竜騎士団団長と宰相代行など、本来兼任できる業務ではない。政治と軍事の両方が、国王でない男の手にある状況は望ましくはない。ハインリッヒとリヒャルトの二人に、ある程度の権限の委譲が必要だった。いずれどちらかを、あるいは別の誰かを、ルートヴィッヒの後任として王都竜騎士団団長に据えなければならない。


 西方竜騎士団の問題を解決するには、相当数の竜騎士を罷免し、信頼のおける者を西に配置する必要もある。ベルンハルトからは、今は宰相代行でいいが、いずれ宰相になってほしいと言われている。そうなると貴族間の政治抗争が問題になる。


 特に今、旧王妃派、故テレジア王妃の弟が当主にある侯爵家が、国王にならぶ権力を欲しいままにしていることが問題だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ