1)北の領地
アリエルにとって、二度目の北の領地への訪問だった。急ぐと言ったとおり、ルートヴィッヒはほぼ休みなしで竜を駆った。
ルートヴィッヒはアリエルを抱いてトールに乗っていた。二人乗りの鞍の前にアリエルを座らせ、抱くようにしてトールに乗るルートヴィッヒの斜め後ろを、ヴィントに乗るハインリッヒが飛んでいた。速度はあるが、持久力に劣るフレアに乗るリヒャルトは、今回は留守番だった。責任者として二人の副団長のうち、一人が残る必要があったことや、フローラの腹に子供がいるらしいことも理由だ。あとは、乗り手が軽いペーターとペテロの双子だけという、ごく少数での飛行だった。
ーまるで逃げるようだなー
トールが揶揄するのも無理はなかった。実際、アリエルも逃げたかった。王国の王族と貴族の権力闘争、無意味な嫉妬に権力を振りかざす王妃など関わり合いたい相手ではない。だが、ルートヴィッヒにとって国王は大切な弟だ。王子は大切な甥だ。二人を置いて、国を捨てることなどルートヴィッヒには出来ないだろう。
ーお前たちが望めば、どこまででも、飛んで行ってやるがー
頼めば、トールがその言葉通りにしてくれるだろう。だが、何もかも捨て、逃げて二人だけになって、幸せと言えるだろうか。
「ありがとう。でもいいの」
弟と甥を捨てるようなことをルートヴィッヒはしない。出来ない。ルートヴィッヒは優しい。彼にとって大切な人達を守りたいだけだ。喪いたくないだけだ。誰かを切り捨てるなどできない人だ。ルートヴィッヒの不器用な優しさを、アリエルは愛した。
「負けるつもりはないわ」
王妃には会ったことすらない。王妃の異母弟のライマーのことは、それなりに知っているつもりだ。実直そうな人に思えた。ルートヴィッヒの言葉通り、忠誠を誓った国王でなく、次姉であるシャルロッテの命令を伝えた伯爵家の使いに従ったことは問題だ。追い詰められた人間は、正常な判断をすることが難しいものだ。西方竜騎士団の指揮命令系統が機能していたら、従うべきは誰の言葉かということくらい思い出せたであろう。だが西方竜騎士団にはそれがなかった。
ライマーの異母姉アーデルハイドは、優しく思慮深い人のように思えた。その二人が口を揃えて、シャルロッテのことを父に甘やかされた我儘な女だと言っていた。息子のエドワルドですら、母であるシャルロッテを慕う様子がない。エドワルドがアリエルを慕ってくれるのは、母の代わりになる人を求めているのかもしれない。
夜、焚火だけの野営地で、アリエルとルートヴィッヒの二人は、トールと一緒に眠った。ハインリッヒも、ペーターとぺテロの双子たちも、二人のそんな様子に何も言わなかった。出発は、薄暗い夜明け前だ。空が明るくなるころには上空にいた。
通常ならば、一週間弱で到着する北の砦まで、二泊三日で到着した。到着時には、竜も人も疲れ果てていた。
「ようこそ、お戻りくださいました。この一年、お待ち申し上げておりました」
出迎えた砦を預かる執事一家は、今回の来訪がたった二週間の予定であることを告げられ驚いた。
「王都に早急に戻らねばならない。次に来るのは来年になる」
挨拶もそこそこに、ルートヴィッヒは今回の予定が短期であることを告げた。
「さようですか。ぜひ、ごゆっくり過ごしていただきたかったのですが」
執事は残念そうだった。
「村長に言ってきてくれ。今回、領主様は二週間で王都にお戻りになる」
執事の言葉を受け、子供は駆けだしていった。




