48)ライマーの決意
一夜明けた。
「お前にその覚悟はあるか」
ルートヴィッヒの低く静かな声と、王都竜騎士団の竜騎士たちから向けられた静かな視線、戸惑い落ち着きのなかった西方竜騎士団の竜騎士たちの様子。どれも気になったが、ライマーはその晩よく寝た。
ライマーはすでに、覚悟は決めていた。ラインハルト侯は、父から聞かされていた人物像とはあまりに異なる人だった。自他共に厳しいが、公正で寛大、言葉は多くはないが、優しい人だった。彼の厳しさは、戦いの中で彼の部下が命を落とすことのないようにという、彼の優しさだと、彼の部下は口を揃えて言った。
雑多な出自の王都竜騎士団の竜騎士たちが彼に忠誠を誓う理由がよく分かった。
「おはようございます」
同室のリヒャルトと目が合った。
「おはよう。眠れたか」
リヒャルトに言われて気づいた。あの悪夢を見なかった。
「はい」
「よかったな」
「ありがとうございます」
リヒャルトは、遠慮なくライマーの頭を乱暴に撫でた。
早朝に揃って訓練をする前、竜騎士たちは、鍛錬場に三々五々集まり各自、体を動かしていた。走るもの、錘を使って鍛えるもの、素振りをするもの、それぞれだ。
ルートヴィッヒはアリエルと一緒にいた。アリエルが肩に手を添え、何か相談しながら錘を持ち上げていた。
数日前からの光景だ。ルートヴィッヒは、怪我の詳細を竜騎士の誰にも明かしていなかった。副団長達も聞かされていない。ただ、二人からは、それくらい見てわかれと言われてしまった。
「団長は、そういう人だから」
「副団長達も、そういう団長に慣れてるしね」
王都竜騎士団の竜騎士たちは口を揃えた。教えてもらえないことに、何も思わないのかと尋ねても、彼らはそれが団長だというだけだった
「お喋りな団長なんて、想像つかないよ」
お喋りな双子の一人ペテロに言われ、妙に納得した。
早朝の訓練では、全員が揃ってから、素振りや型の稽古で体を温めていく。ルートヴィッヒも、参加するようになっていた。二人一組で、手合わせの型の訓練のとき、ルートヴィッヒに相手に指名されたイグナーツが、嬉しそうに走っていった。
「そのうち、順番に見てくださるよ。団長だから」
うらやましく思ってライマーが見ていると、稽古相手のエミールに言われた。
エミールは、田舎領主に仕えていた騎士の父が彼の最初の師匠だった。父の死後、父が憧れていた竜騎士になりたくて、祖母を置いて家を出たという経歴の持ち主だった。竜騎士になったとき、ルートヴィッヒに祖母に報告に行けと諭された。旅費は、竜騎士になった祝い金を使った。祖母は、彼女の息子の夢を果たした孫の帰還を泣いて喜んだ。
「祝い金なんて知らないって、帰ってきてから同期の連中に聞いてさ。ハインリッヒ副団長から、団長の個人的な金だから黙っておけ、と言われたんだ。団長にお礼を言ったら、家族は大切にしろと言われた。なんか感動してさ。王都竜騎士団に配属希望した。俺はここにしてよかった。君がここにくるなら歓迎するよ」
竜騎士たちは、ライマーを事件に利用されただけだと思っている。最初に彼らにそう言ったのはアリエルだと聞いた。竜丁であるアリエルは、事故当日の救護室にもいたし、薬師の手当にも付き添っている。ルートヴィッヒの怪我について知っているのはアリエルだけだ。王都竜騎士団でのアリエルの存在は、竜丁の域を超えていた。
互いに背中を預ける竜騎士ですら教えられていないルートヴィッヒのことを知る女だ。二人の距離の近さは、ライマーにもわかった。絶対に口外するな、特にお前の家族や家臣には絶対に言うなとハインリッヒに釘を刺された。
アリエルが一人にならないよう、アリエル自身も周囲も本当に気を配っていた。日中はエドワルドが護衛騎士を伴って兵舎にやってくる。そうでなければ、竜が常に彼女の傍に居た。夜は、ルートヴィッヒの隣の寝室で眠り、不寝番の竜騎士が建物の内部を見張り、竜は庭で寝ていた。
ルートヴィッヒが、王宮に行く日も増えていた。何かが起こることを、誰もが予感していた。西方竜騎士団の来訪はその一つにしか過ぎない。そう思うと、ライマーには、かつての同僚達の緊張が哀れに思えてきた。彼らにとっては重大事だが、王都竜騎士団にも、それを率いるルートヴィッヒにも、より大きな事件の一つの部分でしかないのだ。
ルートヴィッヒは一日待つといった。昨日、ライマーなりに、彼ら西方の竜騎士達には精一杯伝えた。自分の言葉が伝わったことをライマーは願っていた。彼らが何を言うかは、彼らの問題だ。
ライマーの決意は決まっていた。早朝の訓練が終わると、いったん解散になる。ライマーは、自分の決意と覚悟を伝えるために、ルートヴィッヒの元に向かった。
「ラインハルト侯、私は王都竜騎士団の一員となることを希望します。団長」
ルートヴィッヒの顔に笑みが浮かぶ。
「わかりました。あとは、御当主であるエーリヒ殿の許可だけです」
兄からは、一度も手紙は届いていない。ライマーの不安を察したのだろう。
「焦る必要はありません」
「はい」
エーリヒが、父から何を聞かされていたか、ライマーは知っている。エーリヒが、アーデルハイドのように柔軟に考えを変えてくれるか、ライマーにはわからなかった。




