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15)人間の仕事

 騎士団とはいえ、一日中訓練をしているわけではない。竜も人も休まないといけない。その休憩時間に、ルートヴィッヒは一人、書類仕事をしていた。たった一人だけ、休みなしである。午後の訓練の後の夕食までの間や、夕食後も書類仕事をしている。アリエルは働きすぎの責任者がかわいそうになってしまった。


 アリエルは、執務室でルートヴィッヒの仕事の手伝いをすることになった。最初は計算係だった。そのうちに、計算を間違っている人たちに、正しい計算方法を教える仕事も仰せつかった。ルートヴィッヒの権限で、書類を持ってくるように命じられた彼らに、アリエルは個別に正しい計算方法を教えていった。


 ルートヴィッヒの仕事をどこまで軽減できているかはわからないが、彼が一人で、執務室で食事をすることは減った。竜騎士団と一緒に食べていても、ルートヴィッヒはほとんどしゃべらない。一人で食べているのと何が違うか、アリエルにはわからなかった。マリアもゲオルグもトールも、その変化を喜んだからよいのだろう。


 最初は、計算係だったが、そのうちに扱う書類の範囲が増え、とうとう無理だと宣言した。他の騎士団たちの会計監査だけでなく、有力貴族の提出してきた書類や王都の治世に関することまで、優秀な竜騎士団長は担っていた。


「法律のことがわからないので、この書類が全くわかりません」

「そうか」

アリエルの訴えに、ルートヴィッヒはあっさりと、書類を引っ込めてくれた。


 ルートヴィッヒは、アリエルの訴えを、彼なりに解釈してくれた。次の日から、王宮にいる法律の教師が、兵舎まで来てくれることになり、アリエルの法律の勉強が始まった。


「難しいです」

「難しいが、必要だ。違法行為を裁くには法律を知らねばならない」

「団長様が裁くのですか」

「いや。実際に裁くのは専任の者だ。法律を知れば、裁くための根拠を見つける事ができる」

ルートヴィッヒの言葉は、アリエルが法律を知れば、悪人退治の手伝いができるというように聴こえた。


 法律の勉強が面白くなってきて、しばらくした頃だ。

「法律の、何がそれほど面白い」

仕事の合間にルートヴィッヒに聞かれた。

「悪事を暴いて、悪人をやっつけるなんて、物語の主人公みたいなことが、剣を使えなくても、できるかもしれません」

アリエルは張り切って答えた。

「そうか」

ルートヴィッヒは、笑いをこらえて、肩を震わせていた。そもそもルートヴィッヒが言ったことなのに、笑われたのは不本意だった。だが、普段、ほほ笑む程度の人だ。珍しいものを見たということで、アリエルは良しとした。トールに見てみたかったと悔しがられたから、相当に珍しいことなのだろう。


 いつか、法の力で悪者を退治することが目標だと法律の教師にも言うと、教師は喜んでくれた。刑法に重点を置いて教えてくれた。脱税事件の判例は面白かった。


 身分によって同じ犯罪でも、刑罰が違う。実力が重要視される竜騎士団の竜丁をしていると忘れがちだが、国王が統治する封建社会だ。実際、団長のルートヴィッヒは、どこかの辺境に領地をもつ貴族だと教わった。副団長のハインリッヒにも家名がある。もう一人の副団長のリヒャルトは家名がなく商家の次男だ。身分ではハインリッヒのほうが上で、財力ではリヒャルトの実家が上だと言われた。


 真面目なルートヴィッヒと、竜にまで頑固者と言われるハインリッヒと、人当たりのよいリヒャルトは、組み合わせとしては妥当に思えた。リヒャルト自身は、自分以外の幹部が二人とも貴族というのは、気を遣うとこぼしていた。リヒャルトが気を遣っているようには、アリエルには見えなかったけれども。


 実力重視の竜騎士団の最高峰が、王都竜騎士団だ。国王の剣と盾と称される国王直属の部隊だ。特に、竜騎士団団長はその頂点に立つ。彼ら王都竜騎士団への犯罪は、国王への犯罪と同義だと、法律の教師は言った。


「彼らの竜丁である君も、似たような存在だから、君に危害を加える者はいないはずです」

彼はよくそう言った。


「逆に、君に危害を加えるときは、自分も処罰を受け、死ぬ覚悟でしょうから、気をつけなさい」

そう続けた彼の笑っていない笑顔は怖かった。


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