13)竜騎士達の食事事情
アリエルは、竜舎の中で短槍に見立てた棒を振っていた。
竜丁としての仕事は、他の竜丁達には申し訳ないくらい楽だった。空いた時間に何をしようか迷って、養父との習慣だった稽古をすることにした。この国最強とされる竜騎士団の竜丁である自分が、自力で身を守る必要性はないだろう。だが、稽古をしていると、養父と過ごした時間のようで、養父がいなくなってしまったさみしさも、少し紛れる気がした。
竜に、見張ってもらっているから、誰かに見つかるはずもない。
竜騎士達は鍛えた身体をしているが、細身だった。無駄な贅肉が一切ない。上空での竜の飛行性能を考慮すると、軽いほうがいいのだろうが、騎士としての戦闘能力のためには筋肉がいる。そうすると、削るものは贅肉しかない。稽古をこっそりのぞいたが、竜騎士の訓練は、かなり激しいものだった。あれには絶対に巻き込まれたくなかった。
ーなぜ、そんなことをしているー
短槍代わりの棒を振るアリエルに、竜達は聞いた。
「わからないわ。でも、何もできないよりいいかなと思って」
ー“独りぼっち”におしえてもらったらいいだろうー
「あの人、忙しそうだもの」
ーだったら、“独りぼっち”を手伝ってくれ。私には、人間のことは手伝えない。あれは部屋で人間の仕事を一人でやっているー
竜の長は、面倒見がよい。“独りぼっち”の仲間候補としてつれてきたアリエルに、自分のできないことをさせたいようだった。
トールに世話になっている自覚はある。ルートヴィッヒにも引き取ってもらった恩義がある。だから、トールに頼まれた通り、手伝おうとは思った。だが、そもそも竜丁の仕事は、竜舎の中だ。ルートヴィッヒが仕事をするのは兵舎や鍛錬場だ。接点がない。
何かないかと兵舎を歩き回って気づいたが、女手が異様に少なかった。マリアしかいなかった。マリアは、ルートヴィッヒが幼いころに彼の乳母をしていたと教えてくれた。王都竜騎士団の兵舎の一角、マリアとゲオルグの部屋の隣に、アリエルは部屋をもらっていた。幾つもある侍女用の部屋の一つだ。本来はもっとたくさん侍女がいるはずなのだろう。だが、侍女は本当にマリアしかいなかった。アリエルは考えた挙句、マリアを手伝うことにした。
洗濯は専用の部署があって、そこがひとまとめにやってくれるからいい。掃除は、共有場所だけでよかった。竜騎士達は、基本的に相部屋で、部屋は自分達で掃除していた。マリアの仕事の中で、料理が大問題だった。
料理は、マリアが当番の騎士達に手伝わせていた。竜騎士は実力主義だから出身は様々だ。残念ながら、一部の竜騎士が当番の日の料理は悲惨だった。文句を言うものも、いないわけではなかった。ルートヴイッヒとハインリッヒとリヒャルトという団長と副団長達の幹部が、文句も言わずに食べることで、その不平不満を封じていた。
アリエルは、あまりのひどさに料理の手伝いを申し出たら、マリアに大変感謝された。そもそも、本来は針子のマリアは、料理自体が好きではないという。そんなマリアの手伝いが、剣は使えても包丁の使えない竜騎士となると、出来上がった夕食が、残念なものになるのは当然だった。
基本的に、煮ただけ、焼いただけの料理だ。とくに男ばかりの騎士団は量が必要だから、仕方ないのだろう。村よりも、食材ははるかに豊富にあったから、料理は楽しかった。ゲオルグに頼んで、蒸し器を作ってもらった。蒸した芋を、訓練途中のおやつに持っていったら、大人気だった。
食事の時、お代わりは戦いだ。ルートヴィッヒ達幹部三人に対して、部下は全く容赦しない。それもひどい話だ。ほぼ全員の、毎度のお代わり攻勢に、食事の器を大きいものに変えることを提案したが、食器の入れ替えは金がかかると、ルートヴィッヒに却下された。
副団長であり、商家の育ちであるリヒャルトは、素直に自分の要求を言ってくれるからいい。問題は、もう一人の副団長で、貴族で気位の高いハインリッヒだ。お代わりの要求など、さもしいことだと態度で部下をけん制しつつ、本当は欲しかったりする。お代わりを勧めると、もったいぶって受け取って、結局食べる。嫌いなものを残すなと部下にいうが、ニンジンが嫌いだったりするから面倒くさい。
さらに問題は、ルートヴィッヒだった。ほぼ態度に現れない。気に入ったものは妙に食べるのが遅い。部下の早食い攻撃に負けるのだ。お代わりがなくなったといったときに、一瞬、ルートヴィッヒと視線があうことがあり、そのうちに意味がわかった。今や、ルートヴィッヒの分のお代わりは、食べる速度をみながら確保してやっている。どんなに好きでも二杯目のお代わりは要求しない。最初のお代わりを大事に食べるだけだ。それに気づいてから、彼が好きそうなものは、最初から少し多めに配ってやっている。
ルートヴィッヒは、有事に備えるため、酒は絶対に口にしない。乾燥した木の実や果物が好きで、部屋に常備している。
竜の背中で食べた兵糧は、途轍もなく硬かった。味も岩のようだった。あの兵糧の代わりになればと、祭りの時に村で作っていた菓子を作ってみたら、竜騎士達に好評だった。部下に遠慮しながら、ルートヴィッヒが2つ目に手を伸ばしていたから、乾燥した木の実や果物をいれた菓子は、少し多めに用意している。
ルートヴィッヒはアリエルの雇い主だが、手のかかる大きな息子だ。要求を読み取ってやる必要があり、動物を育てているような気分になることもある。
「食事のお代わりも、こっちから言ってあげないと、欲しいって言えないのよ。部下の食欲の凄さに負けて」
ーそれは、“独りぼっち”の責任ではなく、他の人間どもの遠慮なさの問題ではないかー
「そうね。残さず食べてくれるから、私はうれしいけど」
ルートヴィッヒが嫌いなのは豆だ。マリアに教えてもらった。一度、ルートヴィッヒと、くだらないことで険悪になり、わざと豆料理を出したことがある。嫌そうだったのに、気に入ったときと同じくゆっくり食べたので驚いた。
「豆は嫌いだが、お前がつくると、食べられるな」
ルートヴィッヒは嫌いな豆を食べられて、ちょっとうれしかったらしい。マリアは、ルートヴイッヒの好き嫌いがなくなったと喜んだ。仕返しのつもりだったアリエルは、がっかりした。
マリアは、アリエルが料理を手伝うようになると、さっさとアリエルに厨房を明け渡してくれた。手伝ってくれるが、料理はほぼアリエル任せだ。厨房から離れさせてくれたお礼だと言って着替えの服を用意してくれた。一部が、ルートヴィッヒの子供のころの服を縫い直したものだったらしい。ルートヴィッヒが何とも言えない顔をしていたのが面白かった。
そんな報告を、トールは楽しそうに聞いてくれた。
平時は竜騎士たちは、夕食を全員でそろって食べた。団長のルートヴィッヒは忙しいらしく、食堂に来ない日もあった。そんな日は、マリアが食事をルートヴィッヒの執務室まで運んでいた。
ルートヴィッヒの乳母だったというマリアにとって、彼はいつまでたっても「お坊ちゃま」らしい。そんなマリアも若くはない。食事の乗ったお盆を両手で持ち、階段を上るのは、楽ではない。厨房に入り込むようになって一ヶ月、ようやくマリアから、食事を届ける仕事の代役を頼まれた。