27-2)ルートヴィッヒとトールとライマーのヴィントと竜達
聞き慣れた足音にトールは竜舎の出入り口に向かった。
「トール」
嬉しそうに笑う見慣れた顔に、トールは呆れつつも安堵した。
―相変わらずだな─
「トールの顔を見たくて」
―どうせまだ、傷も治っていないだろうに。膏薬臭いぞ─
軽く寄せたトールの頭をルートヴィッヒがゆっくりと撫でる。
「ありがとう。トール。ライマー殿が助かってよかった。あの高さだ。地面に落ちたら、酷いことになっていた」
―相変わらずお前は、自分を二の次にする。困ったやつだ─
「ありがとう。トール」
―困ったやつだ─
甘えるように頬を擦り寄せてきたルートヴィッヒにトールは苦笑する。
竜の言葉は人には通じない。唯一の例外がアリエルだ。
「大きな事故にならなくて、本当に良かった」
―十分に大きな事故だろうに、相変わらずだな─
―まったくだ─
トールの声に、竜達が賛同する。
「ライマー殿のヴィントに会いたいのだが、良いかな」
トールに身を預けて立つルートヴィッヒに、ライマーのヴィントが歩み寄った。
―僕のせいで、ごめんなさい─
項垂れたライマーのヴィントにルートヴィッヒは微笑んだ。
「気にしているのか? ライマー殿も、ライマー殿のヴィント、君も巻き込まれただけだ。人間同士の醜い争いだ。あれは、仕組まれた事故だ。ライマー殿を殺そうとした人間が居る。悪いのはその人間だ」
おずおずと顔をあげたライマーのヴィントに、ルートヴィッヒが手を伸ばした。
「ライマー殿を殺そうという企みを阻止できた」
近づいたライマーのヴィントを、ルートヴィッヒがそっと撫でる。
「今回は、誰も死なずに済んだ。本当に良かった。アリエルが真っ先に気づいてくれたから、間に合った」
トールは、自分にかかる重みが、少し増したことに気づいた。
「眠い。トール。少し休んでから部屋に帰るよ。痛み止めの薬湯に眠気を誘うなにかが入っているみたいだ。眠い」
ルートヴィッヒが欠伸をした。
―部屋に帰れ─
「トールと一緒だと暖かいから。少し休んでから帰るよ。トール、いいだろう」
―甘えるな─
「アリエルは、語学の教師が持ってきたどこかの国の料理本と格闘中だ。また今度、なにか作ってくれると良いな」
―お前、“竜丁”がかまってくれないから、こちらへ来たのか─
ルートヴィッヒは大きく欠伸をしただけで、答えない。
―おやおや。“独りぼっち”もそろそろ親離れする頃だろうに─
―誰が親だ─
フレアとトールの会話は、ルートヴィッヒには聞こえない。
「トール、ありがとう。本当に。誰も死なずに済んだ。良かった」
―だから、良いといった覚えはないが─
完全に身を預けてきたルートヴィッヒに、トールは説得を諦めた。
―仕方ないやつだ─
「おやすみ」
―まだ昼間だ。少しだけだぞ─
トールの言葉に答えるのはルートヴィッヒの寝息だ。
―“子離れ”もまだまだだな─
―人間の子など、持った覚えはないぞ─
―どうだか─
竜達の抑えた笑い声が、竜舎に響く。
―助けてくれて、ありがとう─
ライマーのヴィントには、眠るルートヴィッヒが少し微笑んだ様に見えた




