24)ライマーの回想
ライマーは、第一試合で負けた。己の実力の無さに悄然としていた時、シャルロッテが伯爵家から連れて行った騎士に、シャルロッテからの命令を伝えられた。ライマーも、もう一人の竜騎士も嫌だと言ったが、王妃様に逆らうつもりですかと言われ、二人とも従うしかなかった。
ちょっとした事故が起きればいい。と言われていた。シャルロッテからは、互いにぶつかりそうになり、直前に回避するようにと指示された。ちょっとした事故でも、御前試合では大問題になる。それで十分だと、シャルロッテからの使いは言った。
指示通りに、ぶつかる直前まで近づき、打ち合わせ通り、ライマーが方向を変えるため手綱を引いたとき、右の手綱が切れた。自分が大きく傾くのが分かった。その時にはすでに体が浮いていた。体を固定していた命綱も切れた。
竜騎士には、転落死が少なくない。自分も事故で死ぬのかと、悔しかった。
憧れていた竜騎士になったとき、王妃となった腹違いの次姉シャルロッテのお陰だと陰口を叩かれた。悔しかった。西方竜騎士団の選抜試合で勝ち抜き、御前試合に出る権利を得た。結局、一回戦で王都竜騎士団の竜騎士に負けた。たった一度、御前試合に出ただけで、落ちて人生が終わるのかと悔しかった。
風を切る感覚のあと、衝撃とともに、鎧がぶつかる激しい大きな音と、誰かの抑えた呻き声が聞こえ、血の匂いがした。誰かの腕が自分を支えているのが分かった。その人は苦しそうな呼吸をしながら、ライマーを支え続けてくれた。
やや乱暴な着地の後、腕の力が緩み、ライマーは地面まで滑り落ちた。打った尻が痛かったが、それよりも、目の前で見ているものが信じられなかった。
ライマーを受け止めた男は漆黒の王都竜騎士団の装備を身に着けて、兜には特徴ある飾りがついていた。王都竜騎士団団長ルートヴィッヒ・ラインハルト侯爵が助けてくれたのだ。あの苦しそうな呼吸は彼のものだった。ルートヴィッヒは竜の上に身を屈めたまま、動こうとしなかった。間近にいたライマーの耳には、荒い呼吸にかすかに交じるルートヴィッヒの呻く声が聞こえた。
「殿下、じゃねぇ、ラインハルト候、無事か」
やや乱暴な口調で東方竜騎士団の変り者の副団長が彼を気遣っていた。そのうちに次々と竜騎士達が周りに集まってきた。
人の隙間から、ルートヴィッヒが竜から降りたのが見えた。動けると知って安堵した。ざわめく観客たちを前に、ルートヴィッヒは軽く会釈すると、アルノルトとカールに付き添われ、会場の裏へと歩いていった。
ライマーの竜ヴィントは、王都竜騎士団の女竜丁に呼ばれ着地すると、そのまま女竜丁と、どこかに行ってしまった。
その間ずっと、ライマーは地面に座り込み呆然と周りを見ていることしか出来なかった。
ライマーは、衝突しそうになったもう一人の竜騎士と一緒に、西方竜騎士団団長ヨアヒムに連れられ救護室へと向かった。
「何ということをしてくれた」
ヨアヒムの怒りに、ライマーは何も言えなかった。
「ライマー、お前は死ぬところだったのだぞ。ラインハルト候が命懸けで助けて下さったからよかったものの。あの中途半端な高さでは即死などない。お前達、飛行中に何を考えていた、どこを見ていた。その目は飾りか」
「申し訳ありません」
シャルロッテからの命令を知らないヨアヒムの怒りは凄まじかった。
ヨアヒムが命懸けと言った言葉の意味が分かったのは、救護室から出てきた男達が持っていた血に染まった担架だった。半分が血で赤黒く染まっていた。王都竜騎士団を象徴する漆黒の服では、出血などわからなかった。担架を染め変えるほどの傷を負いながら、ルートヴィッヒはライマーを着地まで支え続けてくれた。血の匂いと、苦し気な呼吸、微かな呻き声が、ライマーの耳によみがえってきた。
救護室の前で待っていた時間は恐ろしく長く感じた。
途中でやってきた、女竜丁の恐ろしく冷たく射抜くような目が怖かった。視線だけで人を殺せるのではというほど恐ろしかった。
ライマーがしてしまったことを思えば当然だ。許してくれるか、このまま竜騎士でいられるか、わからない。それでも、謝罪はせねばならない。ライマーは大きく息を吸い込み、扉を叩いた。




