23)ライマーと大人気ない大人達
ライマーが王都竜騎士団の兵舎の預かりになった四日目、リヒャルトにルートヴィッヒの見舞いに行きたいと言った。
「本来なら良かったのだが、また後日の方が良い」
ハインリッヒの渋面に、ヨハンが苦笑しながら付け加えた。
「昨日、少々困ったことが、まぁ大人気無さすぎることがあったからな」
「大人気無いで、すまされるか。全く、なんと申し上げるか。ライマー、君が見舞いをと、言っていることは伝えてある。そもそも事故だ。そう気を遣う必要はない」
ハインリッヒの言葉に、ライマーの胸の内は痛んだ。仕組まれたことだったとは、言えなかった。
「団長!」
その数日後、午前の鍛錬中にルートヴィッヒが現れた。胸を布で縛り、歩みはゆったりとしていたが、それ以外は普通なようだった。
「ラインハルト侯。息災なようだが、薬師の許可はないだろう。相変わらずだな」
訓練を代行していたアルノルトが苦笑しつつ出迎えた。
「彼は慎重なだけです」
「お前がどうかしているだけだろうに」
ルートヴィッヒの左を庇う位置にアルノルトは立った。訓練を放り出して駆け寄ろうとした竜騎士達も、意図を察して、ルートヴィッヒの右寄りに整列した。
「鍛錬は滞りないか」
「はい」
「もう少し早く来る予定だったが、予定外の客人もあって遅くなった。すまない。私が鍛錬に戻るまで、まだしばらくかかる。その間、各自修練を怠らぬように」
「はい」
ライマーは、そんな彼らから少し離れたところに立っていた。
「ライマー殿、少しは慣れましたか」
ルートヴィッヒは穏やかな表情でライマーを見ていた。
「申し訳ありませんでした」
ライマーはそう言って、頭を下げるだけで精一杯だった。
「ライマー殿のせいではありません。午前の鍛錬が終わったら、執務室へ来るように。見せたいものがあります」
「はい」
お礼を言わないといけない。ちゃんと事情を説明しないといけない。ライマーは、怖気づく自らを叱咤した。ライマーは心を決めていた。王都竜騎士団に転属したい。そのためにも、今回、自分がしてしまったことをきちんと言わないといけない。叱責されることは覚悟していた。本来、やってはいけないことだったのだ。
西方竜騎士団の団長に相談すればよかったと、今なら思えるが、当時そんなことは思いつかなかった。竜騎士を辞めろと言われたらどうしようかと、ライマーは俯いた。
「あー、やっぱりやってる」
「団長だもんね」
「アルノルト殿も、付き合いが良いというか、なぜ止めないというか」
「お二人は、団長が見習いだったころからの付き合いで、長いというからな」
「団長、どんな見習いだったんだろ」
「ゲオルグさんに聞いたら、内緒だって言われた」
「絶対に扱いにくかったよな」
「お前とは別の意味でな」
「え、こんな素直な後輩に、何を言っているんですか、先輩」
「聞こえんな」
ライマーの耳に、竜騎士達の声と合間に剣がぶつかる音が聞こえてきた。
「ライマー来なよ。ほら、年一回だけだからさ」
ペーターに誘われて外を見ると、ルートヴィッヒとアルノルトが手合わせをしていた。ルートヴィッヒの怪我を気遣ってか、ゆっくりと型を確認するように、流れるような動作が続いていた。
「ゆっくりだから剣筋が見えるだろ。結局、二人とも基本が完璧だな」
「毎年、これくらいでやってくれたら、少しはわかるのに」
「そういう気軽な話ではないだろう」
「これから、もっと気合いれていくぞ。今はアルノルト様がいらっしゃるからいいけど、そろそろ南方に戻られるからな」
「団長は、自らの怪我の程度などおっしゃる方ではない。我々が王都竜騎士団竜騎士として団長を支えるんだ」
「はい」
リヒャルトとハインリッヒの言葉に竜騎士たちが答えた。自分も、彼らのようにありたいと、ライマーも思った。
ゆっくりと踊るように手合わせをする二人に、小柄な人影が近づいていくのが見えた。
「あ、竜丁だ」
「うわー、怒られるよ、団長達」
「今日の晩飯、豆だろうな」
「豆だよ。俺は好きだけど」
「豆だ。竜丁、どんなのつくるんだろう」
竜騎士たちの言葉通り、アリエルが、腰に手を当て、二人に何か言っているのが見えた。
「あの、豆ってなんですか」
ライマーの質問に王都竜騎士団の竜騎士たちは意味ありげに笑った。
「団長、豆嫌いなんだよ」
「で、二人が喧嘩すると夕食が豆になる」
「ハインリッヒ副団長はニンジンが嫌いだ。だから、ハインリッヒ副団長がやらかすと夕食がニンジンだらけになる。リヒャルト副団長は玉ねぎが好きなんだけど、リヒャルト副団長がやらかすと、玉ねぎが消える」
ライマーは子供の頃を思い出した。
身振り手振りも交えて怒っているらしいアリエルと並んで、ルートヴィッヒが歩きながら兵舎に帰っていくのが見えた。アルノルトが、こちらに戻ってくるなり言った。
「お前ら、晩飯は豆だ。嫌いな奴がいたらすまんな」
「やっぱり」
竜騎士たちは大笑いした。ライマーもつられて笑った。
「やっと笑ったな。お前は緊張しすぎだ」
アルノルトに頭を乱暴に撫でまわされた。
「何があったかは知らん。だが、ラインハルト侯には、本当のことを言え。嘘はつくな。俺が言えるのはそれだけだ」
「はい」
アルノルトの言葉にライマーは覚悟を決めた。




