21-2)アリエルとトールとヴィントとヴィント
「団長様は元気よ」
―そうか─
―それは良かった─
アリエルの第一声に、竜達がそれぞれ安堵の声で答えた。
「だから、あなたが心配しなくて良いのよ」
アリエルは、ライマーのヴィントの頭をそっと撫でてやった。
ライマーのヴィントは小さく頷くが、元気が無いままだ。背に乗せていたライマーを転落させてしまい、結果ルートヴィッヒに怪我をさせてしまったことに、責任を感じているのだろう。
―お前のせいではない。人間同士の諍いだ─
―そもそも“独りぼっち”には、人間の敵が多い─
―お前やお前の竜騎士に、どうこうできるものではない。お前もお前の竜騎士も、巻き込まれた側だ─
竜達も、ライマーの鞍や手綱が細工されていたことを知っている。
トール達、王都竜騎士団の竜達の慰めは、ライマーのヴィントには届いていないようだ。
―“独りぼっち”の手当てをしているのは、“小さな皺々”ではないな。あれは何者だ─
トールの言葉に、アリエルは首を傾げた。
「薬師さんよ。団長様が怪我をした最初の時から、手当してくださっているわ。すぐに無理をする団長様と、団長様に無理をさせる陛下を叱ってくださったから、ちょっと安心したわ」
―お前を助けた“小さな皺々”ではないのか─
トールの言葉の意味をようやく理解したアリエルは、顔を顰めた。
「あのときの薬師さんとは別の人よ。私を助けてくれた人に、小さな皺々という名前は失礼だわ。トール」
―何故。あの小さな人間は、長く生きている。小さくて力が無いのに、皺々になるほど長く生きるのは、よほど優れた知恵がある人間だ。違うか─
「そうね。それはそうだけれど」
―竜騎士のような戦う力でなく、知恵の力で生きる人間の中でも、優れた者だから、皺々になるまで生きている。そうだろう─
「そうね。トール、あなたが彼を皺々と呼ぶのは、長く生きるほど、優れた人間だからということ」
―そうだ。力がなくても優れているから周囲に大切にされ、皺々になるまで長く生きている。皺々は、優れている証拠だ─
「それなら“小さな皺々”と呼ぶのはわかるわ」
人と竜は色々と違っている。アリエルは竜の言葉はわかるが、意味を正確にわかっているわけではない。気長に説明してくれるトールが居てくれてよかったと思う。
―“独りぼっち”の手当てをしているのは、“小さな皺々”が教えた人間か─
「そう。お弟子さんよ。今日も団長様と陛下をきちんと叱って下さったわ」
アリエルの言葉に、竜達が笑う。
―“独りぼっち”と“寂しがり”は、相変わらずのようだな─
アリエルは、トールが口にした、聞き慣れない人の呼び名に首を傾げた。
「寂しがり? 」
―“寂しがり”と“甘えん坊”はここで楽しそうにしている。住処が楽しいならば、何故“甘えん坊”はほとんど毎日ここに来る─
「そうね」
甘えん坊はエドワルドだが、寂しがりはベルンハルトなのだろう。竜達の呼び名に、アリエルもどこかで納得した。
―“独りぼっち”も“寂しがり”も“甘えん坊”も、人間の柵とやらで、不自由なことだ─
「そうね」
―人間の柵? ―
王都に来たばかりのライマーのヴィントが首を傾げた。
「そう。多分、あなたの竜騎士ライマー様も、きっとその柵に巻き込まれたのよ。だから、あなたやライマー様のせいではないわ」
―本当? ―
「えぇ。ライマー様も誰かに命を狙われていたのよ。誰かが、団長様とライマー様を殺そうとしたの。誰も命を落とさずに済んで良かったわ」
―どうして、命を狙われるの─
「まだわからないわ。あなた、団長様と陛下が、お母様の違う御兄弟だってことは知っているかしら」
―教えてもらった─
「私も、全部知っているわけではないけれど」
アリエルは、ライマーのヴィントに、説明を始めた。




