21)警護
「問題は、この兵舎の構造です」
ルートヴィッヒは、別の問題を口にした。
兵舎は緊急事態に、即座に対応できるように、外へ出やすい造りになっている。窓は、腰に長剣を帯びたままでも飛び出せるほど大きく開く。逆に外から入り込みやすい。
「ルーイが怪我から回復するまで、ルーイと竜丁ちゃんに影をつけようと思うが、いいか」
ベルンハルトは小さな溜息を口から漏らしたが、無理に元の話題に戻そうとはしなかった。
「陛下の周りが手薄になるのでは」
「ルーイが元気になり次第、返してもらうよ」
アリエルは首を傾げた。二人の会話の意味が分からなかった。闇夜以外、影のない人などいない。みな、常に連れて歩いているようなものだ。
「影をつけるとおっしゃっても、影など誰にでもありますが」
「いや、そっちの影じゃなくてねぇ。何と言うか」
ベルンハルトが苦笑した。
「元は、カールが蝙蝠だった頃の同業者だ。出てきてくれたほうが分かりやすいのだが。いいか」
ルートヴィッヒの言葉と同時に、天井から人影が床へと降りたった。
「きゃっ」
アリエル以外は驚いた風もなかった。
「お久しぶり、兄貴」
「何度も来ているだろう」
ルートヴィッヒの言葉に、人影は肩を竦めた。
「なんだ。水臭いね。兄貴、だったら言っとくれよ」
「私以外、誰も気づいていない状況でどうしろと」
「リヒャルトは俺達のこと知ってるよ。昔の兄貴みたいに天井裏まで追いかけられた奴がいる。兄貴と陛下にだけ忠誠を誓ってるって釈明して、許してもらったってさ」
ルートヴィッヒの知り合いらしい男は、黒尽くめで顔も布で覆い、目だけが見えていた。
「この男は影の一人だ」
ルートヴィッヒの言葉に黒尽くめの男は頷いた。
「ルーイがある日突然、沢山連れてきてね。あの時は驚いたね」
「陛下に仕えろって言われた俺達のほうがびっくりしたって」
「そうですか」
ベルンハルトと影は楽しそうに笑い、ルートヴィッヒは素っ気なかった。
「ルーイと竜丁ちゃんに影をつけておく。彼とは限らないけどね」
アリエルは目以外をすべて覆った影を見た。
「あの、あなた方、影の方のお食事はどうしましょう」
「え、食わせてくれるの、俺達の分も。いや、最高だね。俺達ずっと、食べてみたいって言ってたんだ」
名を告げようともしない影ははしゃぎだした。
「お一人分でいいですか。でも、どうやってお渡ししましょう」
「二人分頼めるかな。俺達一人じゃ行動しないしさ。声かけて、厨房に置いといてくれたら、食べとくよ」
「持ち運びやすいようにしましょうか。前からいらしていたなら、包んだものも、ご覧になっていたと思うのですけれど」
「確かにあれがありがたいけど、毎回は大変だろ。大丈夫だよ。食べた後の食器は、元に戻しとく」
あっさり黒尽くめの影を受け入れ、普通に会話するアリエルの豪胆さに、ルートヴィッヒもベルンハルトも苦笑した。
「あの、着替えのときは、よそを見ておいてほしいのですけど」
恥ずかしそうにアリエルが言うと、影は必死で首を振った。
「見ません。絶対に見ません。俺たちも命は惜しい、兄貴が怖い、着替えるって言ってくれりゃ、絶対に見ない見ない、死にたくない、あ、でも着替え終わったら言ってね。俺たちも仕事だから」
「はい」
必死に弁明する影に、ルートヴィッヒは表情を消し、その横でベルンハルトは笑いを堪えていた。




