20)疑惑の人
兄弟喧嘩をしている場合ではない。
「団長様、重いです」
アリエルは、自分に体重を預けているルートヴィッヒを軽く押した。
「あぁ、すまない」
ルートヴィッヒは身を起こし、寝台に横になろうとして止まった。
「ルーイ、君は安静がいるのだから、ちゃんと横になってくれ。気を遣いすぎだと言ったばかりだ」
ベルンハルトの言葉に、ルートヴィッヒは寝台に横になった。
「今回の件、王妃が関わっているとしか思えない。君が助けてくれたのは、王妃の弟だが、王妃から見れば継母の子だ」
ベルンハルトが王家の事情を話し始めた。アリエルは退席しようとしたが、ルートヴィッヒに手をとられ、寝台の横に腰を下ろした。
「竜丁ちゃん。君にも関わることだ」
聞いていいのかと視線で問いかけたアリエルにベルンハルトは言った。
「竜丁ちゃんは嫌でも、あの王妃と関わるだろうから、知っておいたほうがいい。王妃を連れてきたのは、私の母のテレジアだ。婚約者だったゾフィーが亡くなって、私が呆然としている間に、あれと婚約させられた。王妃という責任のある立場になる覚悟もなかった女だ。残念ながら今もない。母は自分が権力をふるうため、愚かな女を選んだのだろう。賢しらな女では、母の邪魔になる。愚かな先王の治世を支えていた母が犯した間違いだ。母が死んで以来、王妃は後宮で我儘放題だ。エドワルドを産んだのは僥倖だったが。己を飾り、男を侍らせる王妃を放置していたのは私だ。すまない」
アリエルも、エドワルドと母親である王妃との仲が良好ではないことを察していた。未来の国母のあまりの醜態に驚いた。
「事故の翌日だ。王妃の姉であるアーデルハイドが謁見を申し込んできた。アーデルハイドの話では、王妃の父親と先妻の間にはアーデルハイドと王妃の他に弟も居た。ところが、流行病で先妻と弟は亡くなった。翌年、喪が明けるなり、王妃の父は後妻と結婚した。アーデルハイドの話では、後妻は出来た女で、貴族の女性としての教育は、後妻に教わったそうだ。あなたたちのお母様が教えたかったことでしょうからといって、アーデルハイドと王妃に教えてくれたらしい。だが、幼いときから器量のよかった王妃は、父親に甘やかされ、我儘が増長する一方で、後妻の教えを聞こうともしなかったそうだ。後妻の産んだ弟二人と、アーデルハイドは仲が良かった。だが、父親に甘やかされた王妃は、弟達を嫌っていた。アーデルハイドから、王妃が末の弟を殺そうとしたとしか思えない。末弟を、ライマーを守ってほしい、王妃を止めてくれと言われた」
ルートヴィッヒとアリエルは顔を見合わせた。ライマーは、事故当日から、王都竜騎士団の兵舎にいた。事故に動揺した竜が、ライマーを乗せないため、西方の竜騎士団が宿泊している貴族の館に帰れなくなったからだ。
今朝、ライマーの身柄を、彼の竜が落ち着いて彼を乗せるようになるまでの間、王都竜騎士団で預かることが決まったばかりだ。
「王妃様の弟君、ライマー様は、この兵舎におられます。彼の竜もヴィントというのですが、竜もこちらで預かっています」
アリエルの言葉に、ベルンハルトが微笑んだ。
ライマーの手綱に刃物で切れ目が入れてあった。手綱が切られたようになっていたのはそのためだ。命綱も切れていた。鞍の留め具の皮にまで切れ目が入れてあった。誰がやったかわからない今、西方竜騎士団に彼を帰すこともできなかった。事故に動揺して人を乗せるのを怖がる彼の竜であるヴィントが、同名のハインリッヒの騎竜のヴィントに懐いていることを言い訳に、竜もライマーも王都竜騎士団で預かることになった。
「ライマーの竜ヴィントは、転落事故に衝撃を受けたせいか、鞍や手綱を嫌がっています。竜が乗せない今は、ライマーは西方竜騎士団所属ですが、西方へは移動できません。しばらくこちらに居ていただくことに、問題はありません」
竜が乗せてくれないままでは、ライマーは竜騎士であり続けることが出来ない。ライマーの将来が心配だ。だが今は、一人と一頭を預かる良い口実になりそうだ。
「事故に不審な点もあります。まだ、ライマーからは詳細を聞いていないので、お伝えできません。ライマーにとっても衝撃だったようで、同室にさせた竜騎士からは夜眠れていないようだと、報告を受けています。あの事故は、故意である可能性が高いのです。王妃様の姉君アーデルハイド様のおっしゃるとおりであれば、一度詳細を尋ねなければなりません」
ルートヴィッヒの言葉に、ベルンハルトが微笑んだ。
「竜騎士の問題は、王都竜騎士団団長ルートヴィッヒ・ラインハルト侯に一任しよう」
「御意」
顔色の悪いルートヴィッヒの頬に、ベルンハルトは触れた。
「だから、しっかり休んで傷を治してくれ。私の話は、真剣に考えて欲しい」
ベルンハルトの言葉に、ルートヴィッヒは口を噤んだままだった。




