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19)薬師

 客人の来訪を、マリアが告げに来た。直後に現れた薬師は、床に蹲ったままのルートヴィッヒを見て、にっこりと笑った。

「ラインハルト侯、安静にと申し上げたはずですが。陛下、お二人の仲がよろしいのは良いことですが、重症の怪我人相手に何をやっておられるのですか」

薬師はにこやかな笑顔を浮かべ、穏やかな口調で語ったが、言葉は鋭く、声には怒気がこもっていた。


「いや、見舞いに来ただけだ。邪魔したな、ラインハルト侯、また来るよ」

ベルンハルトは立ち上がった。

「お見舞いでしたら陛下、もう少しお付き合いください」

薬師は、出入口に立ちふさがった。

「手当てをしましょう。ラインハルト侯、脱いでください」


 ルートヴィッヒは頑強に拒んだが、薬師は包帯の交換にベルンハルトを同席させた。ベルンハルトと、手当を手伝うアリエル以外は全員、廊下や階段、あるいは階下で待機するということで、ルートヴィッヒは折れた。


「普通の人なら動けません。というより、これで起きて歩いているあなたが異常です。ラインハルト侯」

左上半身を覆うのは、鎧による打撲と裂傷だ。紫斑が広く胸から肩にかけて覆っていた。鎧が食い込んだ部分の皮膚は裂け、数か所は肉が抉られ深い傷になっていた。


「鎖骨は折れています。痣の下の肋骨も複数折れています。ご無理はなさらないようにと、毎日お伝えしておりますが、全くご理解いただいていないようで、大変に残念です。鎖骨は固定して安静にしていれば骨がつくはずです。重症とはいえ、治る骨折を台無しにされようとする候のお気持ちが、全く理解できません。左腕が動かなくなってもよいのですか」

手厳しい薬師の言葉に、ルートヴィッヒは返事をしない。薬師は傷を洗い、膏薬を塗る手を止めない。ルートヴィッヒは痛みに歯をくいしばって耐えていた。薬師が手を止めた。


「強く食いしばると歯が割れます。相当痛むはずです。声を出された方がいい」

ルートヴィッヒは首を振った。

「ならば、また布を噛んでください。歯が割れます」

「そう、する」

ルートヴィッヒが掠れた声で答えた。


「割れるのは奥歯です。竜丁さん、奥歯をきちんと噛ませてください」

薬師の言葉を受け、ルートヴィッヒが開けた口に、アリエルは薄く折りたたんだ布を噛ませた。

「痛みますよ」

「くっ」

一番深い傷の手当を薬師は始めた。ルートヴィッヒは手でシーツを強く掴んでいた。アリエルは、強く握ったルートヴィッヒの手にそっと手を添えてやった。


「ここは、相手の方の兜の飾りが食い込んだようです。陛下、あえて申し上げますが、落ちた彼の下敷きになったラインハルト候が、亡くなっていてもおかしくなかったのです。あの事故はそういう事故です。なぜ、あの衝突した竜騎士たちに、未だに処罰がないのか、私には全く理解できません」

薬師は静かに怒っていた。

「報告書には、無かった」

ベルンハルトが呟いた。


「確かに私は、打撲と裂傷と骨折とだけ記載しました。本来動けないほどの重傷を負われたなど、表沙汰になっては問題でしょう。陛下のお命を狙う者にとっては好機です。ラインハルト侯爵は、陛下、あなたの剣と盾でいらっしゃる。ましてや、兄君であらせられる。本来は、ご自身で確認なさるべきではありませんか」

冷静な口調のまま、薬師は傷の手当をする手を止めない。


「だが、祝賀会に出ていたではないか」

「えぇ。陛下、あなたが表彰のため出席を命じられたから、出席されたのです。薬湯で痛みを抑えさせていただきました。今日は事故から三日目です。なぜ、今まで傷の状態をご自身の目で確認されなかったのですか。あなたの剣と盾でいらっしゃる方のお怪我ですよ。大怪我ですよ」

薬師はようやく手を止めた。

「終わりました。あとは包帯を巻くだけです」


 頷いたルートヴィッヒの口からアリエルはそっと布を抜き取った。薬師はアリエルの手を借りながら、ルートヴィッヒの肩の位置を固定するように強く布を巻いた。上半身にも包帯を巻いた。


「薬師殿、陛下も、お忙しいのだから、あまり、無理難題を」

ルートヴィッヒの声には力がなかった。

「いいえ、あなたは陛下に甘すぎるのです。怪我に関しても、本来は安静にする程度のものだというくらい、ご自身で説明すべきです」

ルートヴィッヒに対しても、薬師は手厳しかった。


「国を、治める責務を負う方に、こんなことで、ご心労をおかけするわけには」

「こんなことでなく、本来はあなたが死んでいた事故です。いいですか、助かった方が偶然です。それを自覚なさってください」

「薬師殿、お気遣いはわかるが」

「分かっておられるなら、安静になさってください」

包帯を巻き終わった薬師は、持ってきた道具を片付け始めた。


「ルーイは、私に心配もさせてくれないのか」

ベルンハルトの声が、静かになった部屋に響いた。

「いっつもそうだ。大丈夫、大丈夫って言うが、ルーイが大丈夫だったことなんてない。いい加減にしろ、たった一人の兄弟だ。心配くらいさせろ、だいたい私に気を遣いすぎだ。たった一人の兄弟なのに、なんで、そんなに、遠慮する。心配くらいさせろ、私はそんな冷たい人間か」

ベルンハルトの声は大きくなり、最後には叫んだ。

「すまない。そんなつもりはなかった」

「なんで、ルーイが謝る」

「いや、その、言うべきことを言わなかった」


 言い争う兄弟を放置し、薬師は軽く会釈をして部屋を出て行った。


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