18)招かれざる見舞客2
控えているハインリッヒの手が、腹を抑えていた。
アリエルは厨房に戻った。何かちょっとした食べ物とか、甘いものでも出してやれば、少しは殺伐とした雰囲気もおさまるだろうか。何とかしてベルンハルトにさっさと帰ってもらいたいが、どうしたらいいのだろう。
お兄ちゃん、仕事手伝ってと頼む弟と、これ以上は手伝わん。自分の仕事は自分でやれと説教する兄との兄弟喧嘩だ。
敬愛すべきベルンハルト国王陛下が、と貴族のハインリッヒはきっと悩んでいるだろう。辺境伯の息子であるヨハンのほうが、考え方が柔軟だ。
エドワルドの御願いを、ルートヴィッヒが断ることはほとんどない。ベルンハルトを見ていると、本当にエドワルドの父親だと思う。おまけに、ベルンハルトは狡猾なところもある策略家だ。ルートヴィッヒが、ベルンハルトのほうが国王に向いていると言い切るのもわかる。生真面目なルートヴィッヒが陥落するのも時間の問題だ。
だが、本来は安静にすべき怪我人であるルートヴィッヒの仕事と心労が増えるのも可哀そうだ。
「何を考えておられる!どういうおつもりだ!」
椅子が倒れる音と、ルートヴィッヒの怒鳴り声がして、慌ててアリエルは食堂に戻った。立ち上がり、ベルンハルトに掴みかかりそうな勢いで迫るルートヴィッヒがいた。
「いや、ちょっとそれもあるかなと思って言ってみたんだけど。ルーイ、そんなに怒らないでよ。怖いじゃないか」
殺気立っているルートヴィッヒ相手に、ベルンハルトは飄々とした笑顔のままだ。
「これ以上、巻き込むな」
ルートヴィッヒの低い声が響いた。
「こちらも人手がいる。背に腹は代えられない。なりふり構っていられないよ」
ベルンハルトの声は静かで落ち着いていた。大きく息を吐いたルートヴィッヒが、突然蹲った。
「団長様」
アリエルは駆け寄った。ルートヴィッヒが怪我をしてから、まだ三日しか経っていない。薬師には安静にと言われていた。
「大丈夫、だ」
ハインリッヒが椅子を起こし、ヨハンが手をかそうとしたが、ルートヴィッヒは、自身の左側をかばうようにして、動こうとしなかった。
「薬湯を用意しますね」
「いい。すぐに、おさまる」
大きな声を出し、急に大きく動いて傷に響いたのだろう。歯を食いしばるルートヴィッヒの額に浮かぶ汗を、アリエルはハンカチでそっと拭いてやった。
「すまない。ルーイ。無理をさせた」
さすがにベルンハルトも反省したのか、申し訳なさそうな顔になった。
ルートヴィッヒが首を振った。
「いえ、つい我を忘れ、申し訳、ありません」
荒い呼吸のまま、ルートヴィッヒは言葉を紡いだ。
「陛下、差し出がましいことを申しますが、団長様はお怪我をなさったばかりです。あまり、お仕事が増えるようなことは」
「いい」
アリエルの言葉をルートヴィッヒが止めた。
「でも、団長様、ご無理をなさっては」
「大丈夫、だ」
ルートヴィッヒの言葉にアリエルの目が鋭くなった。
「団長様の大丈夫は信用なりません」
アリエルの低い声に、ルートヴィッヒが、ばつの悪い顔をした。
「そういや、そうだねぇ。ルーイは昔っから」
そんな二人をみてベルンハルトが人の悪い笑顔を浮かべた。
「ですので、団長様にご無理をさせるようなことは、どうかお控えください」
アリエルの言葉に、ベルンハルトがそっぽを向いた。
「陛下、拗ねても駄目です。あなたは子供ではありません」
「だって」
子供のエドワルドは拗ねても可愛いが、ベルンハルトは全く可愛くない。大人を、それも国王陛下をどう説教したものか、アリエルはじっとベルンハルトを見上げた。




