17)招かれざる見舞客1
この場で一番心労を感じているのは、ハインリッヒかもしれない。
アリエルは茶を用意しながら、食堂で対峙する男達に目をやった。無表情と笑顔で向かい合う顔立ちがよく似た男が二人、互いの主張をして全く譲らずにいた。
今朝までは、アルノルトは、負傷したルートヴィッヒを心配して付き添っていた。ベルンハルトが来るという先触れを聞くなり、堅苦しいのは嫌だと、さっさと竜騎士達を連れ訓練にいってしまった。副団長のハインリッヒと、それに次ぐ実力を持ち、勘当されたが辺境伯の息子であるヨハンにルートヴィッヒの付き添いを命じていったのは正解だろう。
護衛騎士達は、正式に国王陛下の警護にあたっているため、威儀を正して廊下に立っていた。厨房の手伝いに一人くらい欲しい。だが、正式に国王として来訪しているベルンハルトの警護をしている今日は、国王の側から離れられないことくらい、アリエルにもわかる。
負傷した翌日、ほぼ一日中、ルートヴィッヒは眠り続けた。アリエルは心配したが、薬師は、疲れと前日の薬湯の影響だと言った。起きていても痛みで辛いだろうから、眠っている今が良いと、薬師は傷の手当を始めた。手当の最中、眠っていたはずのルートヴィッヒが突然叫び、腕を振りはらわれた薬師は転びそうになった。
目を覚まし、慌てて詫びるルートヴィッヒに、薬師は、痛いなら痛いとちゃんと言ってくださいと、言っただけだった。そのあと、猿轡を噛まされたルートヴィッヒの腕を、アルノルトが抑えていた。
三日目になりルートヴィッヒは、椅子に座れるようになった。それを聞きつけたかのように、先触れがベルンハルトの来訪を告げた。
着替えにアルノルトの手を借りたルートヴィッヒは、薬湯で痛みをごまかし、ベルンハルトを出迎えた。
「幸い、利き手ではありませんから、部下の訓練には問題ありません。部下の訓練は、団長としての責務でもあります。第一、竜騎士であるわたしが、御前会議に参加したところで何の意義がありますか」
「だって、ルーイに頼んでいる書類のことで、いろいろルーイが聞いてくるでしょう。それを、毎回御前会議にかけてから君に返事をしているけど。ルーイが直接御前会議に出てくれた方が、話が早いからいいかなと思って」
「お断りします。あくまであれは、陛下のお仕事ではありませんか」
「いや、国として必要な仕事だけど、別に私でなくてもいい。それこそ、宰相がいたら任せられるけど」
「でしたら、さっさと宰相を任命されたらよろしい」
「うん。実質、宰相の仕事をしてくれているルーイが、宰相になってくれたら良いね」
「王都竜騎士団団長と、宰相の兼任など、何を考えておられる」
「うーん。竜騎士団団長のルーイも恰好良いけど、ずっとは出来ないでしょう。体力勝負だし。ね」
ベルンハルトはエドワルドを真似たのだろうが、エドワルドと違って可愛くない。
「陛下。ね、とは何ですか、何が、ね、ですか」
案の定、ルートヴィッヒの不機嫌が増した。
「いや、だから今から宰相をちょっとやっておいて、いずれ引退したときに、本当に宰相になってくれたら良いからさ」
「いずれの職務も、そのような、どちらつかずで務まるようなものではありません」
ルートヴィッヒの言うとおりだ。いくらルートヴィッヒが優秀でも、無理なものは無理だ。
「そのくらい、真剣に考えてくれる人ってルーイくらいしかいないよ」
泣き言めいたベルンハルトの言葉に、アリエルは少し同情した。
「手近な私で済ませず、他を探せばよいではありませんか」
「探しているけど、ルーイほど賢い人ってなかなかいないよ」
「陛下の、買い被りです」
ルートヴィッヒの声には覇気がない。ベルンハルトは気づいているのかいないのか、いつもの飄々とした笑顔のままだった。




