16)王妃シャルロッテ2
あの日のあとも、幾つもの晩餐会や舞踏会に参加した。次女のシャルロッテは嫁ぎ先を見つけなければならない。姉のアーデルハイドよりも器量のよいシャルロッテは、人気者だった。
シャルロッテよりも不器量で本ばかり読んでつまらない女なのに、姉アーデルハイドは良縁に恵まれ嫁いでいった。器量良しだというのに、シャルロッテには、姉ほどの良縁は現れなかった。シャルロッテよりも、華やかな場に稀に参加するだけの、国王の庶子ルートヴィッヒのほうが遥かに人気だった。
ベルンハルトに請われたときだけ、ルートヴィッヒは踊った。庶子であってもダンスの上手いルートヴィッヒは、一部の令嬢達に、ダンスの相手として大人気だった。ダンスが得意な令嬢達は、ルートヴィッヒと踊るとより美しく舞い、会場の目を奪った。
ルートヴィッヒが、テンポが速く息が切れる難しいダンスを、ベルンハルトと令嬢たちに請われ次々踊ったこともあった。周り全員が踊れなくなっても、ルートヴィッヒは表情一つ変えなかった。ルートヴィッヒが踊るたびに、シャルロッテはあの日の屈辱を思い出した。
父が言う通り、シャルロッテは美しくなった。ゾフィーが亡くなった後、先王妃のテレジアの目にとまったシャルロッテは、ベルンハルトと婚約した。
王妃となった今、恥をかかせたあの男に復讐ができる。シャルロッテは仄暗い喜びを味わった。様々な復讐を考えたが、後宮からめったに出ないシャルロッテには、出来ることなど限られる。
伯爵家から連れてきた男の一人に、竜騎士の兵舎にいる女を殺すようにと命じたが、上手くいかなかった。
一度で、義弟のライマーも始末出来るはずだった。御前試合で、竜騎士となった憎いライマーが事故で死ねば、ルートヴィッヒの責任になる。
シャルロッテに、屈辱を味わわせたルートヴィッヒに、恥をかかせ復讐してやるはずだった。それなのに、祝賀会で大勢の貴族の前で表彰されてしまった。王妃だからと、誰かが用意した賛辞を言わされた。屈辱だ。
憎いライマーと一緒に、あの男を始末できるはずだったのに。シャルロッテは自室で一人、歯噛みした。
シャルロッテの周囲には、誰もいない。
シャルロッテは本来、王妃になるはずのない女だった。先王妃テレジアが亡くなったときには、もう、事態は取り返しのつかない状態だった。
シャルロッテは王妃となるための教育を受けていなかった。先の王妃テレジアは、シャルロッテに少しずつ王妃教育を施していた。あまり熱心ではないシャルロッテに合わせて、ゆっくりと気長に教える予定だったらしい。先の王妃テレジアが、亡くなるまでの間に、シャルロッテは王妃として知るべきことの一部を学んだのみだった。自惚れが強く、勤勉でないシャルロッテは、学んだそれを理解することもなく、より先を学ぼうとすることがなかった。
国母になるという自覚もなく、生まれた赤子を乳母に任せきりにした。エドワルドは乳母に懐き、シャルロッテに懐こうとしなかった。
ベルンハルトの心には、亡くなった婚約者のゾフィーがいる。ベルンハルトの私室には美しく聡明だった彼女の肖像画が今でも飾られている。
シャルロッテは孤立した。
王妃でありながら、国王の心は彼女にはなく、彼女が産んだ王子も乳母を母と慕った。
王妃教育を受けていない彼女を責めても仕方がないと、擁護する声もあった。
だが、内政も理解せず、外交も出来ない、国王の寵愛もない王妃の居場所など、後宮にはない。先王妃テレジアの時代から、侯爵家が送り込んだ侍女頭が、後宮を取り仕切っていた。
侯爵家の分家でしかない伯爵家の娘が、対抗できるような女ではなかった。
シャルロッテは国から彼女に与える資金を使い、自らを慰めるしかなかった。
王妃である自分が不遇をかこっているという不満を募らせていた。侍女たちに八つ当たりをし、次々と辞めさせ、ますます孤立した。彼女に諫言する者もいたが、全てに聞く耳を持たなかった。
彼女の耳を喜ばせる声だけに耳を傾けた結果、シャルロッテの破滅は、静かに始まっていた。




