15)王妃シャルロッテ1
この男は目障りだ。
シャルロッテは、目の前に跪く、夫のベルンハルトによく似た男を睨んだ。左目の下に傷があり、髪の色も瞳の色もベルンハルトとは違う。それでも腹違いの兄弟である二人は、とても良く似ていた。
器量良しのシャルロッテは、小さな頃から父の自慢だった。社交界に出たばかりのシャルロッテを、父は常に着飾らせた。先王の誕生会に初めて参加した日、父はシャルロッテを特に美しく着飾らせるようにと、命じていた。
姉よりも器量の良いシャルロッテは、ベルンハルト王子に見初められて当然のはずだった。ベルンハルトの愛人となれば、贅沢ができる。王妃には婚約者のゾフィー様がなればいい。シャルロッテはただ、ベルンハルト王子の目にとまり、愛人になり、贅沢がしたかった。
ベルンハルトの婚約者であるゾフィー様も美しいというが、お前の方が可愛いよと父は言ってくれた。
参加した誕生会には、明るく笑い、沢山の姫君と社交の挨拶を交わすベルンハルト王子がいた。そのすぐ近くにベルンハルトによく似た容貌で鋭く暗い目をして、にこりとも笑わずにいたのがルートヴィッヒだった。庶子のくせに貴族の集まりに参加するなど身の程知らず。父も父の周りの貴族達も、彼に聞こえるように嘲笑した。
楽団が舞踏曲を奏で、ダンスの時間になった。ベルンハルト王子は、婚約者である侯爵家の娘のゾフィーと踊っていた。一曲踊り終えたベルンハルトは、踊らずにいたルートヴィッヒに声をかけた。
「せっかくだから、君も踊ればいいのに。僕は君が踊るのを見たいよ」
ベルンハルト王子の声に父が答えた。
「よろしければ、ルートヴィッヒ様、わが娘が居りますが」
「お嬢様が望まれますまい。お嬢様ほど御可愛らしい方であれば、私などでなくても、お相手を望まれるご令息には、ことかかれないでしょう」
ルートヴィッヒは断ろうとしたが、父はシャルロッテを彼に引き合わせた。
「ベルンハルト様のおっしゃる通りにしたら、きっとベルンハルト様と踊れるよ」
その父の言葉に、シャルロッテは頷いた。
ルートヴィッヒの美しく優美なボウ・アンド・スクレープに、ダンスホール内で、幾人かの令嬢が卒倒した。シャルロッテのカーテシーなど誰も目に留めなかった。
ルートヴィッヒのダンスは素晴らしかった。シャルロッテよりもはるかに上手く、シャルロッテが踊りやすいようにしてくれているのがわかった。
「ルートヴィッヒ、素晴らしかったよ。可愛らしいお嬢さん、ありがとう」
ベルンハルト王子はそう言っただけだった。シャルロッテのことを褒めてくれなかった。ベルンハルト王子はシャルロッテとは踊ってくれなかった。名前も呼んでくれなかった。ベルンハルト王子とルートヴィッヒは、そのあと誰とも踊らずに、ゾフィーと一緒に会場を出て行った。
シャルロッテは恥をかかされた。シャルロッテより、ルートヴィッヒのほうが、はるかに華麗に美しく踊った。それは分かっていた。あの日、貴族達の視線は、ルートヴィッヒだけに注がれていた。ベルンハルトの相手として、ダンスが下手な自分は踊ってもらえなかった。シャルロッテは怒りに震えた。庶子のくせに、あの男に恥をかかされた。
あの日のことは忘れない。




