13)兵舎2
「声がしたものですから」
アリエルは、昼間の服のままだった。
「寝ていろと言わなかったか」
ルートヴィッヒは立ち上がろうとしたが、傷が痛み、動きを止めた。
「眠れなかったのです。薬湯は出来ています。温めますのでお待ちいただけますか」
「手間をかけるが」
「いいえ、沸かすだけですから」
アリエルは厨房に向かった。
「ほう」
ルートヴィッヒは遠慮しがちだ。自分個人の要求を口にするのが苦手だ。そんなルートヴィッヒが、素直に頼めるように、言葉を選んだアリエルにアルノルトは感心した。
「俺達の分も何かあるかな」
厨房に、護衛も兼ねてついていったカールが、何か用意してもらえると聞いてはしゃいでいる声がした。アリエル相手にカールと呼んでいいとか、また勝手なことを言っているのが聞こえてくる。カールの名前に対するこだわりは、ルートヴィッヒには理解ができなかった。
「あえて聞くが、元殿下。危険はないのか」
アルノルトは囁いた。
「正式に妻にはできない。子も持てない。それでも、傍に居てくれると言ってくれました。私はかつてのような騒乱は望まないと、侯爵派には伝わるようにしました」
アルノルトに殿下と言われると、ルートヴィッヒは見習いのころの口調に戻ってしまう。
「ハインリッヒか」
「はい」
「だが、あの王妃が関係しているなら、そこは問題にしていないのでは」
「確かに。今の王妃が何をどう考えるか、わかりません。国を支えた先王妃テレジア様とは違います」
「そうだな。かのテレジア様と比べたら、かなり頭が足りないという噂以外、何も耳に入ってこないからな」
少々辛辣だが、アルノルトの言うとおりだ。
「あれが王妃の不興を買っていることはわかっています」
月に照らされ、冷徹な表情がルートヴィッヒの顔に浮かんだ。
「例えば、エドワルド殿下は、ほぼ毎日、こちらにいらっしゃいます。陛下も御容認くださり、教師達もこちらに来ています。殿下が私の竜丁を慕っておられることを、嫉妬しているという話は前からあります。そこに、私への妙な恨みや、義弟のことも快く思っておられないでしょうから。そのあたりが重なると、今回の件、何かありそうですね」
「まぁ、今回じゃ終わらんだろうな。あの手綱もな」
「ご覧になりましたか」
「蝙蝠も見たはずだ」
転落した竜騎士の手綱は、千切れたのではなく、斜めに断ち切られていたのだ。
薬湯を手にアリエルが戻ってきた。他に茶も用意されていた。
「このお茶は、気持ちが穏やかになり、よく眠れるようになるそうです」
アリエルの言葉にルートヴィッヒは微笑んだ。
「ありがとう。お前は休め、部屋へ送ろう」
「いいえ。片付けもありますから、お待ちします」
「あ、俺やっとく。殿下じゃない、候に送ってもらいなって。明日もあるしさ」
カールが手を振った。
「でも、お怪我」
「私が送ろう。竜丁殿」
アルノルトが立ち上がった。
「じゃぁ、候は俺と留守番ね」
いくら強いといってもルートヴィッヒは大怪我をしている。危害を加えようとする者がいるかもしれないときに、一人にはできない。任せておけというように、カールは胸を叩いた。
「ありがとうございます」
アリエルは微笑むとアルノルトに連れられ部屋を出て行った。




