10)祝勝会1
恒例の祝勝会だ。本来は礼服を着る。左腕を添え木で固定され、左胸も腕も包帯を巻かれたルートヴィッヒでは、着替えは簡単に進まなかった。アリエルの手を借りたが、礼服は右のみ袖を通し、左は羽織るだけになった。
アルノルトとカールは、アリエルが用意した食事で腹ごしらえを済ませた。ルートヴィッヒは、薬湯を飲み、スープを少し口にした。薬湯のせいで味がわからない。心配するアリエルの頬を、ルートヴィッヒはそっと撫でた。
「竜丁ちゃん。俺、ちゃんとラインハルト侯の護衛もするし、副団長らしく頑張るから、明日も何か旨いもんつくって」
「カール殿、言質はとった。我々2人で、貴殿の振る舞いを確認させていただく。心されよ」
「ラインハルト侯、竜から降りられても、貴殿の気迫には恐れ入る」
「そんなぁ、二人そろって本気出されても」
礼服に身を包んだ三人は笑いながら宿舎を出て行った。
「アリエル、今日は本当に寝ておけ。先ほどお前の用意してくれた食事を食べたから大丈夫だ。私たちのことは気にするな。お前も疲れたろう。無理をするな。夜は危ない。きちんと部屋で寝ろ。着替えも、脱ぐだけならお前の手を借りなくてもできる。ちゃんと休んでいろ」
出発直前のルートヴィッヒの言葉通り、アリエルは自室に戻り寝台に横になった。いつもは、ルートヴィッヒと茶を飲み、執務室で書類仕事をしてから眠る。
アリエルの寝室へルートヴィッヒが入ることはない。いつも手前で抱きしめて、口づけてくれて、そこで別れる。ルートヴィッヒの寝室は隣だ。ルートヴィッヒはいつも平服で、剣を抱えて寝る。枕の下には、鞘のない短剣が置かれている。同じものがアリエルの枕の下にもある。
新月の日、ルートヴィッヒはトールの檻で寝ていた。毒矢の一件で、アリエルの寝室が彼の隣となってからは、警戒も兼ねてだろう。常に部屋で寝ている。
今日は、隣の部屋にルートヴィッヒはいない。少し寂しい思いを抱きしめながらアリエルは目を閉じた。御前試合で、普段より長く外にいたせいだろう。疲れていた。
ルートヴィッヒの怪我も心配だった。痛み止めの薬湯の作り方は教わった。出発前に飲ませた。効果の持続時間が分からない。教えてもらった通りとはいえ、素人のアリエルが作った痛み止めだ。ちゃんと、効いているのだろうか。祝賀会の最中に切れないだろうか。明日朝まで効果が続くのだろうか。
負傷直後、大丈夫だとルートヴィッヒは微笑んだ。額には冷や汗を浮かべ、歯を食いしばっていた。トールの言葉を借りるなら、“独りぼっち”のやせ我慢だ。大丈夫なわけがない。
「眠れと言われても」
アリエルは横になったまま、目を開け、まだ誰もいない、隣の部屋の気配に耳を澄ませていた。




