7)救護室1
大番狂わせだった。就任前年から無敗だったルートヴィッヒが、優位に進めていた試合を放棄し、転落した竜騎士を助け、負傷したのだ。衝突事故を引き起こしたのは西方竜騎士団の騎士達だった。
次の準決勝は南方騎士団団長アルノルトと、西方竜騎士団団長ヨアヒムの試合だった。ヨアヒムは部下の事故の責任を取り、不戦敗が決まった。
年に一度の竜騎士による御前試合は、準決勝の一戦の途中で幕引きとなってしまった。異例の事態だった。
物陰に入るなり、ルートヴィッヒは倒れこんだ。
「よく歩いたな」
「候、なんなら気を失っとけ、そのほうが痛くないだろ」
アルノルトとカールの手で、ルートヴィッヒは待機していた担架に移された。担架の白い布が赤く染まっていく。
救護室で、鎧を外したルートヴィッヒを見た薬師は、渋面になった。互いの鎧は身を守りもしたが、ルートヴィッヒに怪我もさせていた。
「痛み止めの薬湯を飲んでください。手当てしますが痛みますよ。猿轡もかませます。歯が割れたりしてはいけませんから」
有無を言わせない薬師の様子にルートヴィッヒは頷いた。
痛み止めの薬湯といっても、即座に効果があるわけではない。傷の処置の間、猿轡をかまされたルートヴィッヒは必死で声をこらえていた。
「痛むなら叫んでください。その方が傷の程度が分かりやすい」
ルートヴィッヒが首を振った。
「見習いのころから、やせ我慢ばかりする奴だから無理だ。因みに今は、相当痛いはずだ。食いしばり方を見ていたらわかる」
「だったら、代わりに痛みの程度を我々薬師にもわかるように、あなたが言ってください」
「努力する」
薬師の無茶な要求に、アルノルトが答えると同時に、ルートヴィッヒの手がシーツをつかんだ。
「今、普通の奴なら絶叫しているぞ」
「あぁ、やはりここが深いようですね」
ルートヴィッヒがかすかに声を漏らした。
「傷に何か、食い込んでいますから取りますよ。痛いでしょうが、堪えて、おられますね。すみません」
口は謝るが、薬師は手を止めない。
「薬師って怖いな」
カールの言葉に薬師は苦笑した。
「傷の中に、石など残っていたら、治りません」
「まぁ、そういうもんだろうけど」
呻き声とともに、宙をかいたルートヴィッヒの手を、カールは掴んだ。
「俺だったら、叫んで、ついでにあんたを蹴飛ばしてるよ」
「もしかして、今、私、殴られるところでした」
口を動かしながら、薬師は手を止めない。
「殴りかけて、途中で気づいて方向変えた。他の奴に、そんな手当てするなら縛っとかないと、あんた危ないよ」
「今後の参考にさせていただきます」
それでも薬師は手を止めなかった。




