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3)死神殿下と蝙蝠3

 食堂で二人、ルートヴィッヒとカールは向かい合って座っていた。

「すまないな。執務室を使おうにも書類が片付いていない」

「殿下が貯め込むとは思えないけど」

「その呼び名はやめろ。今の私は王族ではない。単純に、書類がこちらの処理量に合わせて、増えていくだけだ」

「陛下も人使い荒いね」

カールという名があるのに、未だに蝙蝠と周囲に呼ばせている男は、相変わらずだ。不敬と言われても仕方ない言動も、変えようとしない。


 蝙蝠は珍しい二刀流だった。長剣二本を使う刺客は、既にかなりの腕であったルートヴィッヒであっても、難敵だった。顔を隠していた布が外れた時、自分より若いことに驚いた。粗削りな技だが、いずれ使えるようになる。そう考え、捕らえて、ベルンハルトに忠誠を誓わせた。今一つ、考えていることがわからないこともある。だが、カールが、ベルンハルトとルートヴィッヒのことだけは、絶対に裏切らないという確信はあった。


「呼び名に対するこだわりは相変わらずだな。なぜ、そこまで頑固なんだ。昔の名など、厄介ごとを呼び込むだけだろうに」

蝙蝠というのは、カールが属していた裏の仕事を請け負うギルドの頭が、カールにつけた名前だった。ルートヴィッヒとカールの二人でギルドの頭の首を取り、ギルドを解体させた。裏稼業とカールを切り離すため、蝙蝠という名前を捨てることになった。


 ルートヴィッヒなりに、色々考えて、カールという名を選んだ。カールもその時は喜んでいた。せっかくつけてやったのに、なぜかカールは当時から、ルートヴィッヒとベルンハルト以外には、カールと呼ばせない。捨てるはずだった蝙蝠という名を、今も使い続けている。

「まぁ、そのおかげでわかったことがあるから、俺はここにきた。ラインハルト候」


 カールが真面目な顔になった。

「俺のところに三通りの話が来た。『金貨二千枚、王都竜騎士団の女竜丁』『金貨二千枚、王都竜騎士団の兵舎にいる黒髪の女』。一番最近が『金貨四千枚、王都竜騎士団の兵舎にいる黒髪の女』だ。竜に関係している人間を殺すのに金貨二千枚など、金払いが悪すぎる。俺の勘だが、どこのギルドも受けない。金貨四千枚となると、ちょっと考える奴もいるかもしれん。俺は、話を持ってきた野郎に、この国で、竜に関係している人間を殺そうなんて正気の沙汰じゃねぇ。そんな依頼を受けるなんぞ馬鹿だ。といって断った。その野郎は、王都で、どのギルドも受けないから、わざわざ俺のところまで来たのに無駄足だったと言って、話を受けてくれる奴を探すと言っていた」

「いつ頃だ」

「四千枚ってのは、1週間前だ。東の団長から、ここの竜丁のことはきいていたからな。直談判して、仕事をつくってもらって、飛んできた。あ、仕事の話は後程よろしくお願いいたします。来年の見習いの件です。で、その話を持ってきた野郎は、旅の成果の報告のために手紙を書いた。宛先は確認してある。殿下、あんたの女、かなりやっかいなのに目つけられてるぞ」

「王妃か」

「王妃だ」

ルートヴィッヒとカールの声が重なった。


「なんだ、知っていたのか」

カールが、つまらないと言いたげに肩を竦めた。

「証拠が無いが、疑われる点がいくつかあった」

「話をもってきた野郎も、王妃も素人だ。結果報告を、まともに本人のところに送る間抜けがどこにいる。そういう意味では王妃も嵌められているかもな。まぁ、素人のほうが何するかわからん。危ないぞ」


 ルートヴィッヒの口から溜息が漏れた。

「王妃も何を考えているのか」

「王妃のところへの手紙、やっぱ俺、盗っておいたほうがよかったか」

「どうだか。しらを切られるだけだろう。愚かな王妃でもそれくらいはやる。何を考えているのやら」


カールはあきれたように続けた。

「女はたいてい嫉妬だよ。殿、ラインハルト侯、あの王妃は、お前に惚れてるんじゃねぇの」


「私は庶子だ。王妃は伯爵家出身だ。私のことなど、人としてすら数えていないだろう。そもそも、数回見かけた程度だ。顔もろくに知らない」

「でも、あちらさんは、ラインハルト侯によく似た、陛下のお顔を拝見しているわけだろ」

「お子様が御一人おられるご関係ではある。だが、お前の口が堅いと信頼して言うが、すでにご寵愛は離れている」


 ルートヴィッヒの言葉にカールは叫んだ

「えー、なんてこった。じゃ、もしかしたら王妃は殿、ラインハルト侯に惚れてた。ところが竜騎士となったらラインハルト候は身分違いだ。仕方なく、よく似た王様と結婚した。子供を一人産んだら、王様の寵愛はなくなった。平民だったはずのあんたが今やラインハルト侯爵様だ。そこに、あの嫁さんが現れ、女は嫉妬に狂った。とかじゃねぇの」

「カール、お前は芝居の見すぎだ」

ルートヴィッヒは呆れた。


「ラインハルト侯、芝居ってのは、ある程度、本当にあったことを面白おかしくしているだけだ」

カールは悟ったように言った。

「確たる証拠もなしに、王妃には手は出せない」

ルートヴィッヒは、カールの話を無視することにした。


「刺客から見て、金貨四千はどうだ。どの程度の奴がくる」

カールは目を細めた。

「そりゃ、伝説の一万超え、二万目前だったラインハルト侯に比べりゃ安いけど。女一人にしちゃ、高いよ。ただ、竜に関係している人間の殺しなんて、普通はいくら積まれても受けねぇよ。さっきの反応じゃ、何かあったみたいだな。値段も上がったってことは、失敗したか」

「ほぼ三か月前だ。竜丁が毒矢で襲われた」

ルートヴィッヒは答えた。

「金貨二千兵舎の女という話が来たころだな。金貨四千枚の話が俺のところに届いたのが一週間前。王都で断られてから東に来たってのを本気にするなら、失敗したから報酬を上げようってか。この国で、竜丁に手を出すなんざ、正気じゃねぇ。特に死神殿下おっと、ラインハルト侯の竜丁じゃぁ、命がいくつあっても足りねぇよ。俺の昔の知り合いは、耄碌してなきゃ全員断るだろう。ただ、単独行動するやつ、素人は知らねぇ。どっちもギルドに縛られていない。厄介だ」

カールはルートヴィッヒを見た。

「で、下手人には逃げられたと」

ルートヴィッヒは、頷いた。


「おそらく、外からではない。もともと王宮内にいる人間だ。どうやって毒を手に入れたかも問題だ」

「んー。金さえ積めば、誰かが売るさ。ただ、使い方が分かってないと、使おうとした本人が、毒にやられるから、素人が使うかな。ま、あれの危なさを、知らなきゃ使うだろうな」

「王宮内に玄人はいるが、私が把握しているのはベルンハルトの影だ」

「元俺もいたギルドだろ。あそこは、ラインハルト侯を、裏切りするようなやつはいねぇだろうしな。しかし、あんたが取り逃がすとは」

「上空にいた。降りて、部下に探させたが、見つかっていない」

「見逃したんじゃねぇの。こういう警備厳重なところって、誰かが入り込むとは思ってないからな。綺麗な恰好で普通の顔して、挨拶すりゃあ疑われねぇ」

カールの言う通りだった。もともと王宮内にいる人物を、片端から疑えという方が難しい。


「候の嫁さんには悪いけど、囮になってもらうしか、ねぇだろな」

もう何度目かわからない溜息をルートヴィッヒは吐いた。


 それ以外に、手がなさそうなことに、アリエル本人もいずれ気づくだろう。今は、日中、アリエルはエドワルドと彼の護衛騎士達と過ごすようにしている。アリエルの寝室は、ルートヴィッヒの隣に移動した。その隣の部屋がマリアの部屋になった。無防備になる一階ではゲオルグが休んでいる。いくら足が不自由とはいえ、ゲオルグはルートヴィッヒの前任の王都竜騎士団団長だ。打てる手は打ってある。だが、刺客は無いはずの隙を突く。


「本人もそれに気づきそうで、困っている。あと、その嫁さんと言うのはやめろ」

「嫁さんだろ?」

「結婚もできないとしてもか」

「貴族と平民だからか。ラインハルト侯が身分なんていうのかよ」

「私の血を引く子供が生まれたら、ベルンハルトと私の子供時代の再来だ。それは避けたい」

「陛下と、ラインハルト侯は仲いいのに。あんた、最初っから、王様になんてなる気、全くなかったって言ってたもんなぁ。王族だ、貴族だって面倒だな」

「お前のいたところも、面倒だったろうに」

「まぁな」

カールが蝙蝠と呼ばれていたころ、暗殺を担うギルドを抜けようとして、出来なかった。だったら根本から断てばよいと、ルートヴィッヒとカールの二人でギルドの長を襲撃した。まさか、自分が狙われると思っていなかった長の警備は甘く、意外と簡単だった。


「なぁ、俺、候に感謝してるからさ、候と嫁さんに結婚してほしいわけよ」

素行に問題はあるが、カールは腕が立ち、彼が忠誠を誓った人間だけは裏切らない安心感はあった。

「その気持ちはうれしく思う」

突飛な行動も、粗野な言動も未だに目立つが、素直に言葉にしてくれる気持ちは嬉しかった。


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