2)死神殿下と蝙蝠2
随分と騒がしい人が来た。アリエルは東の副団長と聞いたので、ハインリッヒやリヒャルトのような人を想像していた。全く違う、少々破天荒な人で驚いた。前に会った東の団長は、真面目そうな少し年上の男性だった。今度会ったら、蝙蝠と呼ばせる彼を副団長に任命した理由を聞いてみたい。
アリエルは竜舎の外に置いてある長椅子に腰掛けた。疲れやすくなってしまったアリエルのために、ゲオルグが用意してくれた長椅子の一つだ。
あの毒矢の一件から、アリエルの体力は戻りつつあるが、かなりゆっくりだ。月のものも二ヶ月こなかった。絶対に違うというのに、マリアが怒りだし、ルートヴィッヒを怒鳴りつけそうだったので、アリエルは必死に止めた。マリアは三ヶ月目が来なかったら、お坊ちゃまでも許しませんといっていた。三ヶ月目にようやく月のものがきたことで、マリアはルートヴィッヒを疑うことを止めてくれた。
「騒がしいのがきて、疲れたろう。あの男は、あれで普通のつもりだから許してやってくれ。悪気はない。育った環境があまりに特殊だったから、いろいろ変わっている」
ルートヴィッヒは、アリエルの隣に座った。アリエルは、ルートヴィッヒに身を預けた。アリエルが襲われてから、竜騎士団の中で公認のものとなっていた二人の距離は一気に縮まった。狙われている可能性が高いアリエルを、ルートヴィッヒが極力離さないのもある。
「確かに、とても変わっておられますね」
「もともとは刺客だから、腕は確かだ。カール相手の手合わせでは、少しでも気を緩めると、確実にこちらが負ける」
「え」
アリエルは耳を疑った。他の竜騎士団に刺客出身の者がいるとは噂できいたが、あそこまで騒がしい人とは思っていなかった。強いと聞くルートヴィッヒが、負ける可能性を認める相手がいるなど、想像もしていなかった。
「刺客だ。私が生け捕りにした。私より若く粗削りだが、それなりに腕が立った。忠誠を組織でなく、ベルンハルトに誓えと説得した。最初は護衛にしようとしたが、振舞いがあの通りで無理だった。貴族の前に出せない。どうしたものかと思っていたら、あの竜が、あの男を乗せた。だから、竜騎士になった。カールで苦労したのは礼儀作法と常識だ」
「まあ」
「蝙蝠というのは、刺客をしていたころからの名前だ。竜騎士になるときに、カールという名前を私がつけた。気に入ってくれたようだが、私とベルンハルト以外が、カールと呼ぶと怒る。相変わらず蝙蝠と名乗り続けている。刺客として足は洗った。当時の呼び名など使っていたら、昔の仲間に目をつけられたりするだろうに、それも気にしない」
「随分と、変わった方ですね。それにあの竜、まだかなり若いですよね」
「あぁ、北の砦にいるとき、突然勝手にトールについてきた。まだ小さい個体だから、群れに帰そうと、追い払おうとした。だが、トールの後をついてまわるものだから、とうとう諦めて、ここまで連れて帰ってきていた。トールの血縁ではない様子だ」
小さな竜が、トールを崇拝するように見上げている様は可愛らしかった。
「なぜか、あの一人と一頭は気が合うらしい。小柄なあの竜に乗って、副団長になる腕があるから、カールは相当腕が立つ。そこは信頼できる。だが、口を開くとあれで困る」
アリエルは笑った。
「なかなか器用な方でしたね」
遠目にも、ルートヴィッヒの抜刀を避けたのは見えていた。
「当面滞在するはずだ。御前試合にも出る。また世話をかけるが」
「一人なら大丈夫です」
「多分、カールも相当食べる」
あまり食べない竜騎士などいるのだろうか。ルートヴィッヒの言葉にアリエルは思わず笑ってしまった。
夕食時、食前の祈りが終わり、各自が自分の皿に手を伸ばした。
「これが、これが、あの、死神殿下の嫁さんの手料理! 俺、食べたかったんだー」
とんでもないことをカールは口にし、嬉しそうに食べ始めた。
ルートヴィッヒは席を外していた。顔色のあまりよくなかったアリエルを部屋に送りに行ったのだ。カールの発言には、竜騎士たちが顔を見合わせた。
「蝙蝠副団長殿」
ペーターは躊躇いながら名を口にしたが、呼ばれた男は返事をした。
「なんだ」
「死神殿下ってのは、その、団長様を呼ぶのに、あまり好ましくないのではありませんか。団長も嫌がっておられますし」
ペーターは注意してみた。
「あぁ、俺もそう思うけど、ついついね。昔の仲間内で、ずっとそう呼んでいたからさ」
「ずいぶんと物騒な、呼び方をされていますが」
「そりゃ、あの殿下のとこに送り込まれた奴は誰も帰ってこなかったからな。当時、かなりの金額だったから、皆ちょっとばかし欲をかいたわけよ。だって、他の貴族の殺しの三か四倍だぜ。俺も目がくらんだね。そしたらあの殿下、俺を生け捕りにして、自分の兄弟に忠誠を誓えと言ってきた。ま、癪に障ったけど面白そうだったから、その話にのってさ。裏稼業じゃない仕事っていいねぇ。俺、ちょっとやってみて、気に入らなかったら脱走しようと思っていたけど。もう、ずいぶんになるもんなぁ」
「そうですか」
唖然としているペーターの代わりに、ペテロは相槌を打っておいた。
「貴族もかなり金すったんじゃねぇの。だから、いまだに殿下、ラインハルト侯に恨みでもあるのか、妙な噂があってな。ちょっと用事ついでに確かめに来たわけよ。俺が」
戻ってきたルートヴィッヒをカールは見上げた。
「なんの噂だ」
ルートヴィッヒが興味を示したことを確認し、カールは口を開いた。
「細かいことは、ラインハルト侯、あなたとだけ、お話をさせていただきたい。一ついっておくが、あの竜丁は本当に狙われている」
食堂に沈黙が落ちた。




