45)新月の悪夢
絡みつくような重たい血の匂い、ようやく昇り始めた日の光が照らす彼らは、もはや動かぬ骸になっていた。一人一人、名前を呼んで、揺さぶるが、全く反応がない。思うように体が動かない。
腕の中、抱いた身体は小さかった。黒い髪に覆われた白く青ざめた相貌、閉じた目は開かない。薄く開いた口は、すでに呼吸を止めていた。
嘘だ。絶望が覆っていく。嘘だ。アリエルと、腕の中の小さな骸の名を叫ぶため、息を吸ったときに気づいた。
夢だ。
目が覚めた。夢だ。汗を吸った衣が、体に纏わりついた。声をあげていないか気になったが、周囲は静かなままだ。
新月の晩だ。
浩々と輝く月はなく、無数の星が夜空に光る。夜は刺客の時間だ。特にやや暗い新月の晩、夜の闇に紛れ刺客に襲われた。微かな光を手掛かりに塀をよじ登り、鉄格子の隙間から体を潜りこませ、トールの檻に忍び込んだ。トールは仕方ないというように、丸まった身体に包むようにしてくれ、翼で覆い隠してくれた。
竜騎士見習いだった頃もトールと寝た。ベルンハルトが王位を継ぎ、ルートヴィッヒが竜騎士に任命されたころから襲撃は激減した。王都竜騎士団団長となってからは、当時のような刺客の襲撃は一切なくなった。それでも、新月の晩はトールの檻でないと眠れなかった。
アリエルが心配だから部屋を隣にした。警護もかねてこれからは、新月の日も宿舎で寝るようにする。今までありがとう。そんな風なことを言ったとき、トールが少し笑った気がした。だが結局、新月の晩は眠れない。眠ったところで悪夢を見るだけだ。
隣の部屋へと続く扉を見た。起きた様子はない。そっと扉を開けると、寝台の上に眠るアリエルが見えた。ゆっくりと布が上下していた。アリエルは眠りが深い。一度眠ると少々のことでは起きない。寝室を隣にして気づいたことだ。大嵐だろうが、雷が鳴り響こうが、翌朝、アリエルは何も知らなかった。最近少し耳が遠くなったと嘆くゲオルグも、呆れるほどだ。
今も気づいていないだろう。
ルートヴィッヒは扉を開け放ち、アリエルの部屋に入ってすぐの床に腰を降ろした。剣を抱いたまま、目を閉じた。
第三章 にお付き合いいただきありがとうございました。100話目です。ありがとうございます。
第四章も予約投稿しておりますのでぜひ、この先のお話もお付き合いをいただけましたら幸いです。
11月28日 19時ー 前日譚の第四章 投稿開始です。これから本編に登場する人物も現れております。
是非、前日譚もよろしくお願いいたします。
https://ncode.syosetu.com/n6595hv/