転生しても風呂に入りたい 【月夜譚No.193】
この異世界にも温泉はあるのだろうか。というか、〝風呂〟という文化があるかどうかさえ怪しい。
平民の中でも下の下であるオレの生活では、近くの川で水浴びをするのが精一杯といったところだ。湯舟どころか、風呂場という概念がそもそもない。
もしかしたら、貴族の暮らしではそういった空間もあるのかもしれないが、あったところで平民には手の届かない雲の上の楽園だ。
熱めの湯舟に肩まで浸かって、その心地良さに目を閉じて鼻歌なんかを漏らしたりする。――それが一日の楽しみだった中年オヤジの前世を思い出し、オレは溜め息を吐いた。
この世界に生まれて暫くしてから異世界に転生したと気づき、オレはずっとあの憩いの時間を求めていた。
が、それに代わるようなものはなく、自身で作ろうにも道具や材料もない。まだ十歳に満たない子どもの身では、できることも限られる。
だから、心に決めたのだ。
もう少し大人になったら、オレは風呂を探す旅に出る。もしくは、風呂を作ってみせる。
誰かに馬鹿にされても良い。嗤われても良い。オレはとにかく風呂に入りたいのだ。
――川の畔で決意を新たに拳を突き上げる彼の背の意味を知る者は、誰もいなかった。