よん
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それが、昨日の夜の事。
予知夢なんてものもあるのかしらねとスフィレーアは、目の前の惨状を眺め呟く。
どうも、聖女様とやらが落ちてきたらしい。
肩までにばっさり切られた漆黒の髪に、同色の瞳。切れ長なそれはどこまでも黒い長い睫毛で覆われている。
この国所か周辺国を探しても見つからないのでは無いかという容姿。
何よりも彼女の着ている服が特殊だった。
膝上のスカート、胸元の桃色のリボン。
制服の一種らしいそれは、見覚えのないデザインだった。
クドウリンと名乗ったその少女が異世界人であるという突拍子もない仮定を、信じるのに充分な証拠といえる。
ズキズキと痛むこめかみを抑え、どうしたものかとこちらを伺う使用人に指示を出す。
国王陛下も己の婚約者である王太子も多忙の身。
第2王子は留学中で、末の王子はまだ幼い。
お子をみごもられている王妃殿下に余計な心労はかけさせられないし、他国に嫁がれた第1王女は呼び戻せない。
唯一頼れるとしても第2王女だが、彼女より自分の方が歳上でこの場を仕切るのは、私しか有り得ないとばかりに指揮権を押し付けられた。
なんとかこの国の面子を保ちつつ、この少女を無事に親元に戻す方法は無いものかと、先程から探させてはいるが出てくるのは空想じみた伝承ばかり。
先ほどから度々上がる“聖女の伝承”と、昨日の夢、そして目の前の少女が重なる。
…焦ってはいけない。
急いては事を仕損じるのだ。
ここで誤った判断を下せば、私だけでなくこの国の評判も下がる。そしてなにより、目の前の哀れな少女が救われない。
大きく息を吸って、彼女と対話を試みた。
「ええと…クドウさん?」
「はい!なんでしょう?!」
「貴女はどこから来たの?」
「ニホンです!」
「ニホン…知らない国ね…」
「え?」
聞き覚えのない国名に、眉根を寄せて考えると、彼女が情けない声を上げた。
窮地に立ったネズミのように、言葉を連ねる。
「え…なんで…あ、な、なら、ジャパン!ジャパンはどうですか?」
「ごめんなさい、存じ上げないわ。」
「え、あ、じゃ、じゃあ、チキュウ!アース!!」
「…ごめんなさい。」
全く聞いたことの無い地名を挙げていく彼女に素直な言葉を返せば、彼女の顔色はどんどん蒼白になっていく。
そんな彼女に知らせるのはあまりにも可哀想だけど、現実を知るのは早い方がいいだろうと、ここが彼女にとって異世界にあたること、今の私たちでは彼女を彼女の元いた場所へ戻せるか分からない事を告げる。
真剣な顔で聞いていた彼女は、彼女の両親にもう会えないかもしれないと悟ると気の強そうな表情が一気に解け、大粒の涙が溢れはじめる。
自分が泣いていた時に誰かに慰められた経験がなく、スフィレーアは途方に暮れる。
眉尻を下げ、ぎごちない手つきで彼女の震える肩を抱きしめようとしたその時。
扉がけたたましく開いて、焦った様子で王太子が入って来た。
「スフィ!異世界から人が来たというのは本当か?!」
2022/11/27 誤字の修正をしました。