4 凛子と妹と革命前夜
街も日曜日を満喫している様だ。
家族連れや恋人同士の歩く速さもゆったりとしている。俺達も他人から見たら付き合っている者同士に見えているのだろうか。隣を歩く凛子は事有る毎に俺の顔を覗き込んで話す。
「ねえ、洗剤とか買ったら次は何処に行く?」
「凛子の行きたいところだよ。」
「ねえ、今夜の夕食は何にしようか。」
「凛子が食べたいものでいいよ。それより、今日の目標は?」
「今日の目標は結構難しいんだよねー。命に関わるかも。」
「おいおい、そんな無謀な計画も有るのか?」
「スリルとサスペンス。そんな非日常が日常を潤すんだよ。たまには命を懸けないとね。」
「いやいやお嬢さん、君と約束してまだ2日目なんですけど、そこでもう命懸けてたらひと月後、いやいや半年後は戦場に行こうなんて言うんじゃないだろうね。」
「ある意味、今日も戦場かもよ。」
「はぁ?」
凛子は腕を組んで片方の口角だけを釣り上げ、如何にも悪者の様な目付きをした。
今。洗剤とかの必要な日用品を買い揃えた俺達は都会の中で開発に取り残された様な小さな公園にあるブランコの順番待ちをしている。
日曜日の公園。家族で賑わう中に俺達は居る。ここに2つしかないブランコを待つ子供達の列に紛れて順番を待っている。明らかに場違いで子供達の権利を脅かしていた。
「なぁ凛子。ブランコに乗るの?」
「そう、ブランコに乗って競争するの。どちらが高く迄上がれるのかを競うのよ。」
「でも子供達が待っているよ。」
「ブランコは子供専用ではないでしょ。」
「それはそうだけど、皆の目付きが怖いよ。」
「だから言ったでしょ、ある意味戦場だって。これに勝ち抜いてブランコに乗るの。」
「お前、子供かよ。別の日でいいじゃん。」
「ダメ。2日目にブランコって決めていたの。たまたま今日が日曜になってたって事。」
順番が来て俺達がブランコに座る。
「いい、手を抜かないでよ。」
「ああ、負けた方が夕食後の紅茶を入れる事。どう?」
「乗ったー。じゃあ、行くわよ。」
俺達は子供達が見守る中どんどんとブランコを揺らして行った。子供の頃以来だ。座っている板と地面の距離が近過ぎて上手く漕げない。凛子はどんどん揺らして俺よりも高い所まで駆け上がっている。その時、前方に高く上がったブランコは遠心力を失い、フワッと少し戻る様に落ちる。
「キャャャーー。」
ガッシャーーン
凛子の声と緩んだブランコのチェーンが再び引っ張られた時の音が響き渡る。列に並んでいた子供達は少し怯えていた。
「大丈夫か凛子。」
「あー死ぬかと思った。」
「止めてくれよ。怪我でもされたら困るだろう。」
「でも僕の勝ちね。」
「ああ、そうだ。君の勝ちだ。」
「ヤッター!」
凛子は上機嫌で次の子供にブランコを譲っていた。列の先頭に置いていた荷物を持ち上げ、帰ろうとした時、
「フフ、おねえちゃん、パンツ見えたよ。」
と今も昔も変わらない早熟の男の子が凛子に挑戦状を突きつける。
「ふふ、美味しい紅茶を前にして命を懸けている時にパンツ位見られても平気よ。」
凛子は訳の分からい言葉を返す。子供も訳が分からずにキョトンとしていた。
月曜の朝。いつもの様に早く起きた俺は一旦家に帰って荷物を置いて学校へと向かう。
凛子はまだ寝ている。
早い時間なので学生はいない。誰にも見られる事無く通学の電車で家に戻る。
学校での2人はいつも通りに振舞う。期末試験が近いので授業も復習に近い内容で特に皆も集中していなかった。やっぱり教室の中は若者の熱気にクーラーは負けている。
「ねえ、そこの紳士君。」
背中を突かれ後ろの凛子から紙切れが渡される。
『今度、別の茶葉を買いに行こう♡』
進学を考えていない成績優秀者は暇だ。
「ねえ、そこの紳士君。」
また紙切れを渡される。
『火曜日が待ち遠しいね♡』
裏に『食べたいものを考えておくように』と書いて渡した。
「はーい。」
突然教室に響き渡る凛子の声。先生から『小鳥谷君、何か質問?』と聞かれ、
「いいえ、間違えました。」
と消え入る様な声で答えると、教室には皆の笑い声が響き渡った。俺も笑う。後で背中を何回も突かれた。
今日は家に帰る日だ。
教室を出ると、ちょうど目の前に凛子と仲良しの女子達が集まっていた。今日は彼女達と帰りに何処かに寄って行くらしい。俺に向けて体の横で小さく手を振った。
家に帰って部屋で久しぶりの自由を満喫していると、妹の陽菜が入って来た。
「お兄ちゃん、パソコン貸して。」
「いいよ、使いな。」
「パスワード変えていない?」
「ああ、陽菜が使うと思って変えて無いよ。後、俺が居なくても勝手に使っていいから。」
「ありがとう。塾の先生がネットで問題送るって言うんだよ。面倒だなー。」
「来年、受験だろ。進路、決めたの?」
「うん、お兄ちゃんと同じ高校。」
「えっ? どうして?」
「だって、制服が可愛いんだもん。」
「はぁ? お前も。」
「えっ? 他にも誰かいるの?」
「ああ、凛子もだって。」
「そう、きっといい人ね。私と同じだなんて。どうなの?」
「どうなのって、色々大変だよ。勉強は出来るけど意外と世間知らずで。」
「へ~、でも泣かしちゃだめだよ。内の家訓なんだから。」
「それがさ、初めて知ったけど意外と泣き虫だったんだよ。嬉しくても泣いちゃうんだぜ。」
「ダメだよ、泣かせたら。笑わせなきゃ。お兄ちゃんなら出来るよ。うん、絶対出来る。」
「はぁ、中学生に慰められるって、こっちの方が泣きたいよ。」
陽菜がパソコンをいじっているのをボーっと眺めている。そうだよな、笑わせなきゃ、笑顔のままこの日本から送り出して上げなきゃな、等と考えパソコンを見ていた。
期末試験も終わり、生徒も学校もすでに夏休み気分で準備を始めている。
試験結果が廊下に貼り出された。俺達の通う学校は一応進学校で試験の度に学年の上位20名までを科目と総合で貼り出す。ひと学年400名を超える中でここに貼り出される名前はこの学校では優秀者として扱われる。やっぱり凛子は総合で2位、科目によっては1位のが有る。文系の成績が振るわない俺は13位でその貼り紙を何気なく見ていると、突然背中を突かれ、
「ねえ、そこの紳士君。」
と例のセリフを掛けられる。教室でも無いのに前後に立って話をする。
「はぁ~。」
「どうしたの? 君もいつもの成績じゃない。」
「成績の事じゃないよ。背中を突かれた時に直ぐに凛子だと判った俺が情けなくてさ。」
「ふふ、君は優秀だから覚えもいい。」
「まだ2週間ぐらいだよ、凛子に背中を突かれるようになったのって。」
「素晴らしい。」
「俺の中には相当な従属性の心が宿っているんだな。それを凛子に目覚めさせられたってところか。」
「やはり素晴らしい。僕の目に狂いは無かったって事が証明されつつあるんだね。」
「ところで何しに来たの? 今更成績を見に来たんじゃないだろう。」
「そう、次の指示を君に伝えに来たんだ。」
「ここで無くてもいいのに。」
「海に行こう。」
「海ぃ!」
大声を出してしまった。廊下は集まった生徒たちで大爆笑となる。もう夏休み気分なのか、とか、海だ海だ等と声を張り上げる奴までもいる。高2の夏はまだゆるい。
学校の帰りに緑の有名コーヒーチェーンで2人共アイスティーを買って、命を懸けたブランコが有る公園の木陰のベンチに座る。やはりブランコは子供に人気で、専有物であるかのようにその周りを駆け回り、列を作って待っていた。ここは日本だ。待っている子供達も静かに列を作ってじっとしている。
「紳士君は統率させる能力も有るんだね。」
「何の事?」
「廊下の成績表の前で叫んだ時の事。」
「あれは凛子が変な事を言うからだろ。」
「いやいや、きっと周りに居た生徒たちもみんな海に行くよ、行っちゃうね。みんな脳裏に埋め込まれちゃったからね。」
「そんな訳ないだろう。」
「いやいや、あの盛り上がりは革命前夜って所だよ。みんな海に向かって前進だ。」
「じゃあ俺達も革命を起こす為に準備を始めますか。」
「ワクワクするね、革命。」
もう既に夏本番がすぐそこまで来ており、日陰のベンチとは言えそこを通り過ぎる風は森の中と違って暑い。明るい太陽の光に公園に響き渡る子供達の声が一気に夏を呼び寄せている様だ。
俺達は海に行くための作戦を話し合っていた。何もこんな暑い中で話さなくてもいいのにと思うかもしれないが、この暑さがいい。暑いからこそ夏の計画が立てられる。高校生の体の中に宿るエネルギーは暑さの中でないと放出出来ない。そのままにしていると自分自身が破裂して何処かに行ってしまう。
凛子も俺も汗を掻きながら海に行く準備を話し合っていた。
ズズっ ズズズー あっ
ズズっ ズズズー あっ
同時に2人の銜えているストローが水分の調達限界の音を奏でる。
「くっ、あはははは。」
一緒に笑う。
「凛子も笑わせるのが上手くなったな。」
「だから言ったでしょ、君には統率させる能力が有るって。これでまた一つ、僕には見る目が有るって事が証明されたよね。」
あー、【海】、行きたかったなー。
私は意外と活動派なので、毎年、海や山に行っていたのです。ここ数年は・・・
早く自由に色んな所へ出掛けられる様になったら良いなー。