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アイスティーは零れて  作者: 良夜 未黒
11/17

11 悪いのは誰だ

 11月ともなれば夜の寒さも温かい紅茶を飲むにはとてもいい季節になる。


 夕食後、俺達は紅茶で温まりながら次の作戦を練っていた。

 突然、ドアフォンが鳴り、凛子が応対している。そのまま俺の所に来ると、

「ごめん、今、お母さんが来る。」

「じゃあ、直ぐに帰るよ。」

「ううん、紳士君に会いに来たの。」

「えっ? だって、海外に居るって言ってたじゃない。」

「ごめんね、私、黙ってた、仕事の都合で日本に帰って来たの。それで、紳士君にどうしても会いたいんだって。これ言ったら会わないように帰っちゃうでしょ。」

 そんな話をしている内に玄関ドアが開き、凛子の母親が入って来た。凛子はすぐに玄関へと行く。リビングに残された俺はソファーから立ち緊張して待つ。凛子と母親との会話が近づき、その緊張は一気に高まりを見せていた。

「初めまして、凛の母親です。」

 髪の色と形は違うが、その中に佇んでいる顔形は凛子にそっくりで親子なんだと直ぐに分かる程である。背丈も凛子より少し高いだけで、将来、凛子が大人に成ったらこんな感じに育つんだろうなと思わせる。

「初めまして、一ノ瀬です。」

「ごめんなさい、私がこの子に無理を言って貴方を引き留めていたの。どうしても貴方に感謝したくて。」


 急に怒りが込み上げてきた。

 今まで緊張して目を合わさずに立っていたが、凛子の母さんの『感謝したくて』と言う言葉を聞いた途端に何故だか怒りが湧いて来た。

 『感謝ってなんだ。』貴方に感謝される覚えは無い。俺は凛子の為に、凛子の為だけに一緒に居て楽しい思い出を積み上げている。なのに、ここに居ないあんたは何だ、凛子の苦しみ悲しみ、何でこんなにも彼女は必死に楽しい思い出を積み上げないといけないのか分かっているのか、まるで他人事の様に言うその母親に怒りが湧いて来た。自分でも気づかない内にきっとそんな目を向けてしまっていたのに違いない。商社で働いているという彼女は俺の感情を察知したのだろう。凛子の所に行き、何やら囁いている。戻って来ると、

「外で話しましょう。」

と俺を誘った。


 木枯らしにも似た冷たい風が時折体にぶつかるそんな夜に、俺は急いで上着を着て、凛子の母親といつもの公園のベンチで視線を合わせない様に少し外を向いて座っている。

「貴方の言いたい事は分っているわ。」

「・・・。」

「酷い母親だと思っているでしょうね。」

「凛子は・・・。」

「凛子?」

「ああ、俺達の間では凛子って呼んでいるんだ。凛子は逃げたいと願っている。」

「判っているわ。」

「なら、何で。」

「しょうがないの。もう、どうにもならないのよ。」

「あんた、凛子の母親だろ!」

 声を荒げてしまった。

「そうよ。こんなのでも、あの子の母親なの。全て私がいけないのよ。」

「じゃあ、何とかしてやれよ!」

「してるわよ! 何とかならないかってね。」

「凛子はずっと悩んでるんだ、苦しんでいるんだよ!」

「分かっている! 貴方に言われなくても分かっているわよ!」

「逃げたいって、一緒に逃げて欲しいって!」

「分かってるって言ってるでしょ!」

「凛子はアンタに居て欲しいんだ。母親であるアンタにっ!」

「分かってるって言って・・・いるでしょ。私だって苦しいのよ、外国に居て何とか元に戻せないかしてるのよ。これでも母親なんだから。」

 感情が表に出たのか、彼女も声を荒げて言い返してきた。俺は返す言葉も無く、しばらくは沈黙が続いた。そして、静かにどこか遠くを見ているような声で彼女は話しだした。

「4年前の事よ。丁度私が離婚をした時に今いる国の王族のパーティーに呼ばれたの。私の会社はその国からの資源を輸入しているから、それにその国の会社はどれも王族の系列だったから取引していた担当の私にも誘いが合ったの。13才のあの子を日本に一人で残す事なんか出来なかったから一緒に連れて行ってパーティーに出席したわ。それは凄い人気だったのよ。真っ直ぐな黒髪で黒い瞳、着ている物は着物だったからまるでお人形様の様だって、その国の人達って日本人の子供を見る事が無いから出席した人たちは直ぐにあの子の周りに集まったわ。」

 暫く思いを馳せていたのか、少しの沈黙の後、再び話を続けた。

「そこで目に留まっちゃったの。その国の第4王子にね。彼はその時16才だったわ。それにもう既に結婚もしていた。第一婦人となる相手はあの子と同じ13才よ。一夫多妻が許されているその国の王子は直ぐに婚姻を申し込んで来たの。国を通してね。この母である私も当時の社長と政府の人から聞かされたのよ。当然断ったわ。でも、私の意見など通る筈も無い、ましてやあの子の気持ちなど関係無く話しはどんどん進んで行った。」

 国、政府、何を言っているんだ。全く分からない。凛子は凛子だ。彼女の気持ちは彼女が思っている方向に向かわなければならない筈だ。母親は話を続けた。

「貴方、将来は何かの開発者に成りたいんですってね。凛のメールに書いてあったわ。あの子ね、この頃メールの文字がとても増えているの、以前は『元気でやってる。』ぐらいしか書いていなかったのよ。でも今は作文の様に長い文章が送られてくるわ。楽しい事ばかりをね。全て貴方の事ばかりよ。」

「そんなの、凛子の将来を思ったら何でも無い。いずれ消える事でしょ。」

「貴方、この国は資源のそのほとんどを海外に依存しているって知っているでしょ。」

 俺は返事もしないで、ただ頷いた。

「その中で重要なエネルギー、原油の生産国なの。そこの王子からの婚姻申し込み、いや、申し込み何かじゃないわ単なる指示ね。それにこの国の政治家たちが立ち向かえると思う? きっぱりと断れると思う? チャンスとばかりに飛び付いたわ。私の会社もお偉い政治家たちもね。そしていづれこの国の誰もがあの子の人生の犠牲の上に原油の安定供給という幸せをもらうのよ。貴方だってそう。貴方のやりたがっている仕事だって、資材やエネルギーの輸入が無ければ何も出来ないのよ。その幸せは凛の人生を食いつぶして得ることに成るの。分かる? あの子の、あの子一人だけの犠牲で、この国の皆が幸せに暮らせるの。私の娘の不幸の上で皆が幸せに暮らそうと言うのよ、我慢できるわけないじゃない。」

「・・・。」


「誰も止めてくれないのよ・・・。」


 俺は子供だ。子供だと思い知らされた。国の話じゃない。彼女の母親の気持ちだ。それすらも判らないままに憎み、怒りをぶつけてしまった。誰よりも苦しんでいるのは母親だと判っていたはずなのに。凛子の母親は話を続ける。

「そんな国でも法律って言うのが一応機能していて、18才以上にならないと結婚できなくなったの、だから今まで延びていたのよ。それもあと半年しか期限が無いのだけれど。」

 俺はイラついて、自分にイラついて感情をまた彼女にぶつけてしまった。

「何とかならないのかよ! 凛子を自由にしてやれないのかよ!」

「だから言っているでしょ、何とかしてるわよ! 母親なんだから!」

「逃げたいって、凛子は思ってるんだ!」

「分かってる! 分かってるわよ! 私だって・・・分かってるわよ。んんぅ・・・。」

 彼女は涙を流した。

 俺は上着のポケットに入っているハンカチを取り出し差し出す。

 すると彼女はそれを見て少し笑いながら言う。

「やっぱり紳士君なのね。でも大丈夫よ、私だって涙を拭くハンカチぐらいは持っているから。あの子のメールに書いてあった通りの人ね。」

 涙を拭くと、また静かに話し出した。

「すぐに会社を辞めようと思ったわ。でも、そうしたら返って動きづらくなる。そのまま中に居て手の届く所で何とか思い留まらせようとして今の会社に残っているのよ。」

「何とかなるの?」

「無理・・・・・かな。でもまだ諦めていない。まだ半年ある。そう思って向こうで知り合いを通じて第一夫人に接近しているわ。会社の中や政府関係者の中にも協力してくれる人もいるから。その国はね、男性が完全優位な社会なの、女性は男性からの許可を貰わないと自由に買い物にさえ出かけられないのよ、必ず夫の許可が要るの。でもね、一夫多妻制の中では第一婦人が婚姻の了承権を持っていて、彼女がダメと言ったら夫は側室を迎えられないのよ。変な決まりでしょ。だから、何とか第一婦人に断ってもらおうとしているのよ。1日だって無駄に出来ない。今回は会社の都合で日本に戻って来たけれど、本当はあの国に居たい。あの国で凛の為に動いていたいの。」

「本当の凛子の気持ちは俺なんかじゃなく、母さんであるアンタに傍に居て欲しいんだ。」

「分かってる。でも、今はあの国で何とかしているの、何とかしなきゃいけないの。時間が無いの。」


 それからは彼女が凛子から受け取ったメールの中で印象に残る楽しかった事について思いを話し続けた。

「ありがとうね。あの子言う紳士君に会えて良かったわ。」

「じゃあ俺は家に帰るよ。」

「ううん、凛の傍に居て上げて。私はホテルを取っているから。」

「凛子は母親に傍に居て欲しんだ。」

「明日、貴方が実家に帰った時に凛の所に行くわ。そして一緒に料理して夕食を食べる。あの子ね、貴方とお料理して一緒に食べるのが本当に楽しいらしいわ。だから私も少しは母親らしい事をするつもりよ。実は包丁は上手くないの。あの子に教えてもらう事にするわ。じゃあね、おやすみ。それと、本当にありがとう、あと少しだけどあの子を宜しくお願いします。」

 彼女は俺に向かって丁寧にお辞儀すると、笑顔を見せて歩いて行った。


 公園のベンチ。

 俺は自己嫌悪に包まれて座り込んでいる。自分の無知と無力と将来の罪悪感に打ちのめされている。将来は誰かの幸せのために開発者に成りたい。それが凛子の犠牲の上に成り立つという不条理。いくら楽しい思い出を一緒に積み上げていてもその未来には彼女の不幸と引き換えに自分達の楽しい未来が続くと思うと、いっそのこと開発者なんかの夢を止め、後進国で農業支援などをして、その地域の人の食料の安定化を手伝った方がよっぽどいいんじゃ無いかと思った。凛子の犠牲で安定供給されるエネルギーをこの国で浪費するよりも、この国を出て凛子の恩恵に預からない所で自分の人生を送った方が良いんじゃないかと思ったりもする。そんな勇気も無いのに。何も知らないで偉そうな夢を凛子に語っていた自分に嫌気がさした。どうしていいのか分からなくなった。どう笑顔を作って良いのか分からなくなった。



 凛子の隣に居るのが怖くなった。



 どれくらいの時間が過ぎたのだろう。時折強く吹く風が俺の頬を叩くように過ぎ去って行く。

 そしてやっぱり背中を突かれた。

「ねえ、そこの紳士君。どうしたの? 風邪ひいちゃうよ。」

 冷たい風に優しい凛子の声が乗る。俺は動かない。

 凛子はベンチで俺の横に座ると、嫌がる俺の右手を強引に引き、それを両手で包んで話す。

「帰って来ないから心配しちゃった。お母さんから電話あったんだ。」

「・・・。」

「君の事、お母さんも紳士君だって言ってた。私には人を見る目があるってね。」

「・・・。」

「お母さんは明日の夜に一緒にお料理して、一緒に眠ってくれるって言ってた。これも紳士君のお陰だって。」

「凛子、ごめん。」

「何?」

「俺は凛子に何もしてやれない。凛子を救ってやることも出来ない。俺は、凛子の不幸の上でこれからの人生を送るんだ。ごめん。」

「不幸なんかじゃない。僕は王族の一員になるんだよ。きっとわがままし放題だ。好きな物も何でも買ってもらえるんだ。だから、不幸なんかじゃない。

・・・でも、ちょっと不幸かな。君に会えなくなるから。」

「・・・。」

「でも、でもね。紳士君が一緒に楽しい思い出を作ってくれるんだ。やっぱり不幸じゃないよ。この国、ううん、この世界で僕の事を真剣に思っていてくれる人が居る。それで今は幸せ。お母さんと紳士君。2人が傍に居てくれるから僕は幸せなんだ。それはこれからもなんだよ。何処に居ても、きっと2人は僕の事を一番に思ってくれている、そう思うと頑張れる気がする。一歩先に踏み出せる気がする。正直、何も知らないから怖いけれど、もしかしたらとても幸せな生活が待って居るのかもしれないじゃない。

 だから、ね、一緒に帰ろう。一緒に温かい紅茶を飲もう。」


 それからは、帰り道でも家の中でも凛子だけが喋って俺は時折頷くか短い返事だけをしていた。


 その夜は眠れなかった。

 何かを考えていた訳ではない、何も考えられなくて眠れなかった。

 この時期になると朝5時はまだ暗く、リビングから見える都会は照明の明かりが綺麗に見える。

 いつもの様に紅茶を入れ、ソファーでくつろぐ。凛子の部屋がある壁を見ながらやっぱり俺は決心を固めた。そう、最初から決めていた事を再び確認しただけだった。俺に出来る事はこれしか無いと。


 凛子の部屋から音がして相変わらず間の抜けた声を出しながら凛子が起きて来た。やっぱりパジャマの上だけと今日は白色のパンティーだ。

「おはよう。」

「あ、紳士君おはよう。えっ、今日は家に帰る日だよね。まだ居たの? 学校間に合うの?」

「うん、昨日の事を謝ろうと思って。紅茶入れるね。だから、なんか着て来て。」

 温かい紅茶と一緒にソファーに並んで座る。少し肌寒くなった朝は温かい紅茶を両手で包んで飲むのが美味しい。

「昨夜はありがとう。」

「そんな事、平気だよ。」

「俺は凛子を救ってやることは出来ない。それは君の母さんに任せた。俺は凛子と楽しい時間を過ごす事しかできない、今更ながらだけれどね。」

「それでいいの。それがいいの。もっと楽しくしてね。」

「ああ、それだけを直接伝えたくて待ってた。」

「ありがと。」

「じゃあ、俺は家に行くよ。」

「うん、じゃあ学校でね。」


 その日、俺は人生で初めてズル休みをした。



 家を飛び出すと急行列車に乗って海を目指した。

 凛子と行ったあの海だ。


 この季節、海水浴客も居なければ海の家も無く、以前来た時よりも砂浜が広く、海が遠く感じられた。沖では何時来るのかも分からない波を多くのサーファーがプカプカと浮いて待って居る。そんな寂しい海でも、ここには大きな水族館や橋を渡って行ける観光名所があるので意外にも陸は賑わっていた。

 観光客が少なくてお目当ての店が休んでしまっているんじゃないかと不安に思っていたが、そこも昼時のこの時間には多くのひとが集まっていた。学校に行くつもりで突然ここに来ることを決めたので俺は学生服のままで、店の中では浮いた存在になっている。決めていた物を手にしてさっさと支払いを済ませ、帰りの列車に飛び乗った。

 そのまま凛子の家に行き、主人の居ない家に勝手に入ってリビングのテーブルに海で買って来た物を置く。カバンからノートを取り出し一枚千切ってメモを残した。



『お母さん頏張がんばって下さい。

 このブレスレットの石は【カーネリアン】て言うパワーストーンなんです。

 効果は【目標達成】。それと、戦士が持っていた【勇気と勝利】のお守りです。

 こんな事しか出来ません。お願いします。』

ズル休みってした事無いんです。(これ、本当。)

それに小学生~高校生までは、インフルエンザにもかかった事が無くて、病欠も無し。皆勤賞。(笑)

健康体なのです。健全な肉体には健全な精神が宿っているのです。


自分で言うのも何ですが、真面目なので、毎朝5時ちょうどに次話を掲載しています。(笑)

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