03 始まり
招かれた親子の家は二階建ての家で、中はアニメや本の中で例え話としてよく使われる中世のヨーロッパを思わせる内装だった。
数歩歩いた所で、靴を履いたままな事に気がついた私は、慌ててその場で脱ごうとすると、それを見ていた女性が目を広げて驚いた。
「な、なにしてるの!?」
「え?靴を脱ごうと」
「そのままで大丈夫よ!!」
「そうなんですか?」
そう聞いて靴を脱ぐのをやめた。
女性はホッと胸を撫で下ろし、「こっちよ」と、私をリビングに招いてくれた。
「飲み物を入れてくるから、そこの椅子に座って待ってなさい。」
そう言うと女性はキッチンの方へ向かった。
待っている間、私は初めての空間にソワソワしながら周りを見渡す。
まるで本当に海外に来たような雰囲気に私は胸をときめかせた。
しかし、こんなに素敵な家がビルが立ち並ぶあの場所にあったなんて私には不思議で仕方なかった。
ほぼ毎週5日、あの通りを歩いていたのに気がつかないものだろうか、他の人からもそんな話聞かなかったしな、うーん。と首を傾げた。
「そんなに首を傾げてたら椅子から落ちるよ」
女性はフフフッと笑った。手には2つコップを持っていて、その1つをこぼさないようにゆっくりと私の前に置いてくれた。
「ありがとうございます。」とお礼を言い、コップを自分の方へと引き寄せると、湯気とほのかに甘い香りが私の顔を包み込んだ。
「それはリオークっていう飲み物だよ。ここら辺では疲れた時や眠れない時なんかに飲むの。」
「そうなんですね。とてもいい香りです。この香りだけでも落ち着きます。」
そう言って一口飲むと、リオークの香りが一気に口の中に広がった。たった一口だが、冷えた体の足の先から指先まで温まっていくような感覚に、末端冷え性の私はとても感動した。
(凄い身体が温まる。このお茶どこで売ってるんだろ。)
リオークをじっと見つめ、落ち着いた様子を見せた私に女性はまたフフッと笑う。
「気に入ってくれたようで嬉しいわ。私はカティア、さっきアナタを畑荒らし呼ばわりしてたのは息子のレヴィよ。」
「私は樫野裕奈と言います。」
「えーーっと、ファーストネームは?」
「え?あっと、裕奈です。」
「ヒロナ、いい名前ね!」
カティアさんは「ヒロナヒロナ」と自分の口に馴染ませるように何度も呟いた。
名前を言った時、聞き取りにくかったのか、カティアさんは少し顔を傾げた。
(もしかして滑舌悪かったかな)
もしくは、とリオークを飲むふりをしてチラリとカティアさんを盗み見る。
はっきりとした顔立ちに色の白い肌と緑色の瞳、家に入る時にチラッと目に入った日本語とは違う文字で書かれたメモ。
もしかしたら、カティアさんは日本に来たばかりの方だったのかな?と私は漠然と思った。
「あの、先程はすみませんでした。あそこが畑だなんて知らなかったとはいえ勝手に入って、しかも寝そべってしまって」
「いいのいいの!あそこはまだ何も植えてなかったし、それに何か事情があるんでしょ?」
「事情と言いますか・・」
私は俯き何をどう話すか考えた。
しかし、考えたところで自分でも何が起きたか分からないのだから、ありのままに話してみてもいいのではないか。
(そんなまさかって笑われたら、ですよねって笑えばいいか。考えるのも疲れたし。)
そして、私は考えるのをやめた。
顔を上げカティアさんの顔を見る。カティアさんは私の顔を見て微笑むと、私と向き合うように座り直した。話を聞いてくれる体勢になるカティアさんにホッとした。
「実は、私多分車に轢かれたみたいなんです。会社の帰りに後ろに引っ張られるような感覚がして後ろを振り返ったら光に包まれて、眩しくて目を閉じて、眩しさが無くなったと思って目を開けたら、あそこで倒れてたんです。
それでどうしようかと思ってる時にレヴィ君に見つけてもらって。
でも、東京のビルが立ち並んでるような所にこんなのどかな場所があったなんて、私知りませんでした!どうやって飛ばされたのかは分からないんですが、こうしてカティアさんと出会えたので良かったです。」
レヴィに邪魔されて言えなかった事が流れるように出てきた。喉元で溜まっていた言葉を吐き出し楽になった私とは反対に、カティアさんは頭が痛そうに額に手を当てた。
「カ、カティアさん?」
「え?ああ、ごめんなさいね。」
(一気に喋りすぎたかな?)
カティアさんが何に困惑してるのか、私にはまだ理解出来ておらず、申し訳ないなと思いながらリオークを口にした。
それから少しして、カティアさんは私の方を見た。
「ねぇヒロナ、アナタにこんな事を言うと驚いてしまうかもしれないけれど、聞いて欲しいの」
カティアさんの表情はどこか悲しそうだった。
真剣な瞳を向けられ戸惑いながらも頷くと、カティアさんの口から予想だにしていなかった言葉を聞く。
「ここは、恐らくアナタの住んでいた世界とは違うと思うの。」
「え?」
何を言われるのかと身構えていたら、斜め上を行く発言に私は固まった。
「ここはラエミルという国のタリアという村。
アナタの言っているトーキョという町や村はないの。」
「え?」
「アナタは違う世界から来たのよ。」
開いた口が塞がらなかった。
カティアさんは動揺を隠せない私を見て、現実を受け止めきれていないと悟り辛そうな顔をした。
(世界が違うってどういう事なの?それってまさか・・・。)
どうしてカティアさんにそんな事が分かるのか、何を根拠に言っているのか、聞かなければならない事は沢山あるはずなのだが、今の私の頭はある言葉で埋め尽くされていた。
それは私が密かに憧れていたもので、現実逃避をする度にいつものお茶を飲みながら思い巡らせていた。
もしかしたら冗談かもしれないが、私を見つめるカティアさんの表情は、とても嘘を付いてるようには見えなかった。
そうとなれば、私には言いたい言葉があった。
まだ現状ちゃんと受け止めきれてはいないが、言葉だけがついつい先走ってしまう。
「私、もしかして異世界に来ちゃった?」
悲しそうなカティアさんとは対照的に、私の口角は上がりたそうにモゾモゾしていた。
その日、帰る場所のない私はカティアさんの家で泊まらせて貰うことにした。
明日、カティアさんに村にある教会へ連れて行ってもらえる事になった。もちろん、私が異世界から来たのではないかという疑惑を確かめるためにだ。
終始深刻な表情を浮かべるカティアさんとはよそに、私は用意されたベットに入ると、ものの数秒で眠りについた。
まだ少しだけ意識がある中、寝息を立てる私を見て「余程疲れていたのね」とカティアさんは、子供にするかのように優しく私の頭を撫でて部屋を出ていったのだった。
そして私は完全に深い眠りについた。
全体的に文章を直しました。