02 始まり
「人んちの畑でなにしてるんだ!!」
どうやらここは私が思っていた通り畑だったようだ。震える手で土の感触を確かめる。その時に、ふと自分の足が目に止まった。この柔らかい畑のおかげか、心配していた事は起きていないようだ。
安心したと胸を撫で下ろす。
「おい、聞いてんのか!!」
さっきよりも近くなった声に私はビクッと体を震わせた。恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは腕を組んで仁王立ちをしている少年だった。
暗くて表情までは読み取れないが、声色からしてとても怒っているようだ。
「え、あの、畑を荒らしてしまってすみませんでした。あの、私、今の状況が分かってなくて、どうしてここにいるのかも全く分からなくて…」
驚いた時の名残がまだあるのか、声が震えていた。
それでも私は自分の置かれている状況について相手に伝えようと言葉にしてみるが、全く頭は回っておらず、何が言いたいのか自分でも分からくなってしまった。
それに対して少年は「はあ?」と何が言いたいのか分からないといった反応で、ある意味私の思っていることは通じていた。
「レヴィー!!」
私がこの少年にどう説明しようかと悩んでいると、少年の後ろの方から女の人の声が聞こえた。レヴィとはこの少年のことなのだろうか。少年はビクッと体を揺らし、私を見下ろしていた顔を声のする方へと向けた。
「レヴィ!!」
ザッザッと砂の上を歩く足音と少年を呼ぶ声が2人の方に近付いてきた。足音が止まったかと思うと、その女性は少年の頭をパチンっといい音をさせて叩いた。
「もう、危ないじゃないの!いくら結界石があるからってこんな時間に外に出るなんて!」
「だ、だって変な物音がしたから、もしかしたら畑が荒らされてるんじゃないかって心配で」
「だからってねぇ....ってレヴィそこにいる人は」
説教の途中で女性は少年の背後で何かが動く気配を感じ、覗き込むようにして見てみると、そこには畑に座り込む見知らぬ人間。
女性の声が聞こえなくなったので顔を上げると女性と目が合った。
(薄暗くてよく見えないけど、私めちゃくちゃ見られてる?)
女性からしたら私はこの暗闇の中、自分の家の畑で座り込んでいる怪しい謎の人物だと思われても仕方のない状況だった。
まずは畑荒らしではないという事を話さなければならない。
「あの、私は」
「こいつが畑を荒らしてたんだ!!」
女性に説明しようとすると、少年が私と女性の間に割って入ってきて言葉を遮られてしまった。
偶然かと思い再び話そうとすると
「怪しいよコイツ!!」
(この子.....もしかして、ワザと喋らせないようにしてるんじゃないよね)
まさかと思い口を開こうとすると、少年がまたすぐに遮って「畑荒らし!」と私に向けてを指さした。
どうやら思った通りのようだった。私は土をグッと握りしめる。
この時、私はここに来る前の上司の顔を思い出していた。
人の話には聞く耳を持たずに延々とダメ出しをしてきて、それでもと思い口を開こうとすると「君は人の話の腰を折るのが好きなのかな?」と言われ、それならと向こうが満足するまで話を聞いていたら「話聞くだけなら雑草にでもできる」と言われる。
数時間前の出来事を思い出して、先程まではなかった怒りの感情が私の中でふつふつと湧き出してきた。そして、今の状況とは全く関係ない上司への怒りを発散するように声を上げた。
「話を聞いてください!!!」
「うるさい!黙れ!」
「あんたが黙りなさい!!!」
パチンッと乾いた音が響いた。
少年が頭を押さえながら後ろを振り向くと、女性が私を見下ろしていた時の少年と同じように、仁王立ちで腕を組んでこちらを見ていた。
私と少年は驚いて何も言えずにいると、女性は一歩一歩、私に近付き、目の前で立ち止まると私と同じ目線までしゃがんだ。
スッと手を出され、何かされると思い反射的に目を瞑るとポンと頭に重みを感じた。
恐る恐る目を開ければ、優しく微笑みながらこちらを見る女性がいた。近付いた事で女性の顔がよく見える。
「アナタはここら辺の人?」
あまりにも優しい声に驚いて何も言わずに顔を横に振った。私の反応を見てさらに微笑むと、頭に乗せていた手をスッと下へ移動させ、土を握りしめたままの私の手に自分の手を重ねた。
私は女性の手の流れをじっと見ていた。自分の手に女性の手が重ねられたのを見て、自分がずっと土を握っていたことに気がついた。
慌てて力を抜くが、手が固まってしまってなかなか広げられない。
そんな私に気がついた女性は、ニコッとまた笑い私の手をとり土を払い撫でた。
「とりあえず、話は家の中で聞くわ。春がきたとはいえ夜はまだ寒いし」
「でも母さん、こんな時間に1人で出歩くなんておかしいよ!もしかしたら魔物かもしれないよ!?」
「魔物はこの中へは入ってこれないし、仮に入ってこれたとしても騎士様達が気がつかないわけないでしょ。」
私には2人が何を言っているのかさっぱりだった。
母さんと呼ばれた女性は大丈夫だと言って少年をなだめる。
「わかった」と、まだどこか不安そうな少年に「先に戻ってお湯を沸かしてちょうだい」と言った。
チラリと私をみて家に戻る少年を確認すると、再び裕奈を見て微笑んだ。
「さあ、いきましょ。」
そう言って女性は立ち上がる。私は「はい」と小さく返事をして、女性に握られたままの手に力を入れた。
フラつきながらゆっくりと立ち上がる。その度に女性が支えてくれた。
「歩けるわね?」
「はい、ありがとうございます。」
(ちゃんと足がある)
下を見てしっかりと地面を踏み込んで歩いている自分の足を確認する。改めて私はホッとした。
そして、手を引かれながら少年とその母の家に招かれることになった。




