15 親子
カティアさんの家に戻ると、いい匂いが部屋中に漂っていた。どうやらレヴィ君が夕飯の用意をしてくれているみたいだった。鍋をかき混ぜているレヴィ君の後ろから顔を出して何を作っているのか覗き見る。私の存在に一瞬顔歪ませたけど、特に何か言われるわけでもなく、レヴィ君は手際良くご飯を作っている。
今日の夕飯はパスタらしい。
「レヴィ君料理できるんだね凄いなぁ。」
「はぁ?当たり前だろ、こんなの誰にだって出来るよ。」
素直にそう思ったのだけれど、レヴィ君にプイッと顔を背けられてしまった。
帰っている途中でカティアさんから「レヴィは照れるとそっぽを向く。」と聞いていたから、きっとこれも照れているんだと信じたい。
照れているからってあんまり構うと、本格的に嫌われそうだから、ご飯を食べる準備を手伝う事にした。
「レヴィの作るパスタは私が作るよりも美味しいのよ。」
「へえー!楽しみです!」
小さくフンッと言う声が聞こえた。私とカティアさんは見合ってレヴィ君に気が付かれない様に小さく笑った。
テーブルの準備が出来ると、ちょうど料理も出来上がったみたいで美味しそうなパスタがテーブルに運ばれてきた。
「わあ、美味しそう!」
「レヴィ、ありがとね。」
「別に。」
レヴィ君は素っ気なく返事をしながら椅子に座り、カティアさんはニコニコしながら見ていた。その視線に気が付いたレヴィ君は「早く食べてよ。」と少し顔を赤くしながらムスッと口を尖らせる。
(か、かわいいい。)
私は笑顔を保ちながら、頭の中でレヴィ君の可愛さに悶えていた。
2人の掛け合いを聞きながら、パスタを口へ運ぶ。
カティアさんの言う通り、レヴィ君の作ってくれたパスタはとても美味しかった。
食事が終わり片付けも済ませると、カティアさんは「レヴィ、ちょっといいかしら。」と部屋に行こうとしていたレヴィ君を引き止めた。
私たちの雰囲気で何かを察したレヴィ君は何も言わずに頷いた。
「今日、ヒロナを教会に連れて行ったでしょ?その事であなたにも聞いてもらいたいことがあるの。」
レヴィ君はチラリと私の顔を見て、またカティアさんに視線を戻し、何を話し始めるのかと緊張した様子でカティアさんを見ていた。私も、彼女が何をどこまでレヴィ君に話すのかが分からなかったので、ジッとカティアさんを見つめた。
2人から穴が開くほど見られていても動じる事のないカティアさんは、ゆっくりと口を開く。
「レヴィ・・・母さんね、夢が叶ったみたいなの。」
「え?なんだ良かったじゃん。」
「おめでとう。」と母親を祝福する息子。
いい親子のそれを見て、それだけ?!と私は2人を交互に見た。
「って事は、この人本当に魔物じゃなかったんだ。」
「疑ってたの?!」
レヴィ君にまだ魔物だと疑われていたという事にショックを受ける。出会いが出会いだったから怪しく見えるのもしかないけど、さっき料理が出来る事を褒めた時に顔を背けたのは、まだ疑いが晴れていなかったせいなのかと思うと、少しガッカリした。
(出会って間もないし、そう簡単には打ち解けられないか。)
トホホと肩を落とすと、レヴィ君は自分の顎に手を当て、私を見ながら何かを考えている様だった。
「ど、どうかした?」
「母さんの夢が叶ったというと、この人は聖女様だったって事だよね?聖女様って凄い方なんでしょ?その割には魔力が感じないんだけど。」
魔力を感じられない、と言われて「そうなんです。」とまた肩を落とす。
可哀想に思ったのか、カティアさんが私の身に起きたことをザックリとレヴィ君に説明してくれた。それを聞いて「なるほど。」と言ったレヴィ君は私の方に視線を向ける。
「じゃあ聖女様ではないんだ。」
「・・・はい。」
「母さんはそれでいいの?聖女様に使えるのが夢だったって言ってたじゃん。しかも訳ありだし、この人に使えてたら大変な目に合うかもしれないのに、それでもいいの?」
(やっぱり、そう思うよね。)
私に使えた所で給料が出るわけでもないし、これといって得があるわけでもない。むしろ面倒ごとに巻き込まれるリスクが高くなるだけで、あまり関わりたくないと思うのが一般的だと、私だって思う。
それでもカティアさんはニッコリ笑って
「そうね、これから忙しくなるかもしれないわね。でもね、母さんは聖女様でなくても、ヒロナがこの国を救ってくれる人ならやっぱり支えてあげたいの。もちろんそうじゃなかったとしても、世話を焼いちゃうけどね。」
と、私たちが心配している事はあまり気にしていない様だった。
「確かに幼い頃から聖女様に憧れて、いつかは私も聖女様にお使えしたいと夢見ていたわ。でも、今の夢は、この国に魔物がいなくなり平和になったらレヴィと一緒に旅行に行きたいの。あなたがまだ見たことのない世界を沢山見せてあげたい。それが今の一番の夢。」
「母さん・・・。」
「だからヒロナが聖女様じゃないなんてそんな些細な事は気にしてないのよ。それにこんな経験二度とできないだろうし!」
拳に力を入れてやる気に満ちているようだった。あ母さんの張り切り様にレヴィ君はため息をついた。
「なんかごめんね、2人を巻き込む事になっちゃって・・・。」
「え?あぁ、それは別にいいよ。母さんやる気だし、最初から止める気なんてなかったから。心配だからって止めても無駄だろうから。」
巻き込んだ事に何か言われると思っていたけれど、最初からこうなる事が分かっていたみたいで戸惑ってる様子はなかった。
そういえば、と、レオン様とカティアさんの会話を思い出した。レヴィ君は既に承知してるって言っていたけど、前々からそう言う会話をしていて、もしこう言う事があったらとレヴィ君も覚悟していたんだなと思った。
「母さんはもう覚悟決めてるし、ヒロナも俺たちの事は気にしなくていいよ。」
「そ、そう?」
「うん、おかげで俺の夢も叶えられそうだし。」
ニヤリと口角を上げて笑った。
悪戯っ子の様に笑うレヴィ君にカティアさんの動きがピタリと止まった。
「貴方の夢って料理人になることって言ってたわよね?」
確かにレヴィ君の料理は美味しかったし料理人になるのが夢というのは納得だ。
「それは母さんの夢が叶わないと思ってたからそう言ったんだよ。俺、騎士になりたいんだ。」
「騎士って、あんたそれロミリオの影響ね。」
「うっ・・・そ、それもあるけど!俺は母さんが聖女様に使えるなら、俺は騎士になって母さんと聖女様を守りたいと思ってたの!」
「レヴィ・・・。」
(なんていい子なの!)
レヴィ君の知られざる想いにカティアさんは口元を押さえ感激していた。私も、これが親子愛なのかと、2人の間になるべく入らないようにひっそりと感動した。
騎士になりたい理由は別にもあるみたいだけど、私に「気にしなくていい」って言っていたのは、自分がお母さんを守るからって事だったのか。
「あなたがそんな事を思ってくれていたなんて母さん知らなかったわ。ありがとう。でも、騎士になるなら、その前にちゃんとお勉強はしましょうね?この間授業サボった事、母さん知ってますからね?」
カティアさんは優しく微笑んだかと思ったら、ニッコリ笑顔のまま優しい口調でレヴィ君を叱った。部屋の温度が少し高くなった様な気がする。
慌てて「ごめんなさい!」と謝るが、カティアさんが「これで何度目かしら?」と言っていたのでレヴィ君はサボりの常習犯のようだ。
長いお説教が始まりそうだと思いながら、私はお茶を飲む。
何はともあれレヴィ君にも事情を話せて、理解もしてもらえた様なので一安心だ。
まだ1日しか経ってないのに、もっと時間が経っているように長く感じられて、コレがまだまだ序盤で、明日から本格的に異世界生活が始まるのだと思うと、少し気が滅入りそうになる。
でも、助けてくれる人達がいるって思うだけで気持ちが楽になる。
(聖女様は今頃何してるんだろう。)
カティアさんのお説教タイムを聞きながら、一番の不安要素である本物の聖女の事を思いだした、が、頭が痛くなりそうなので深く考えるのをやた。
(ややこしくなってなきゃいいや。)




