12 衝撃
「先程は脅す様な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした。」
神父様は深々と頭を下げた。何の事かと首を傾げると、請求書を突き出して来た事を思い出した。
確かにいきなりそれを持ってこられた時は、イラッとしたかもしれないけれど、今はそこまで腹は立っていなかった。
「大丈夫ですよ。でも次何か頼みたい事があった時は、脅さなくても良い様な方法をとって下さいね。」
「はい。実はダレン様からコレを突き出せば良いと言われて、言われるがままやってみたのですが、やはりこう言うのは良くないですよね。」
(あいつか。)
脅すように提案したのはダレンだと知って、あの神様ならやりそうだなと納得もできるし、イラッとした。
ダレンの名前がちょうど出たので、さっきから気になっていた事があったので、ついでに聞いてみる。
「あの、ダレン様とはよくお話しされるのですか?」
「いえ、普段でしたら下界にいる我々と神が連絡を取り合うなんて事はありません。ですが、今回は特例と言うことで、何度かダレン様の方からご連絡はいただきます。」
頻繁に連絡取ってたらありがたみも感じられないか、と思った。私がダレンに会ったのも異例な事なんだろうな。
「ヒロナ様はダレン様と直接お話になったんですよね。」
「はい、ダレン様は私に、この村に召喚されたのが唯一の幸運だと言っていました。この村の皆さんの事も神父様の事も信頼してるって事ですよね。」
「信頼といいますか、彼は変わり者が好きなんですよ。この村には少々変わった方が多いので、そういう理由で言ったのかも知れません。」
神父様がダレンの事を彼と呼び、神とは普段話さないと言う割にはダレンのことをよく知っているかのような話ぶりに、実は特別に親しい間柄なのかなと感じた。
「私とダレン様は、実は親戚なんですよ。」
「え????」
2人の関係性にあえて突っ込まなかったのに、まさかの本人がその答えを教えてくれた。私ってば、そんな聞きたそうな顔をしてたのかな?
そんなことよりも、ダレンと神父様が親戚な事に驚いた。この世界では人間から神様になる事が出来るんだ。
「私の母方の曽祖母の兄だと聞いています。」
「ええ!?」
「驚きますよね?私も初めて知った時はとても驚きました。まさか神様が元は人間だったなんて。しかも自分と血の繋がりのある人だなんて夢にも思いませんでしたよ。」
「そうでしょうね。」
ダレンが神様らしくないのは人間だった頃の名残りなのかと思った。そういえば、さっき神父様からダレンに似た雰囲気を感じたのは、遺伝だったのかと納得した。
「ダレン様は90という若さでに神に選ばれ、その年に人間としての命が終わりました。彼がもし今でも人間として生きていたら、私も直接お話しする事ができたのでしょうね。」
神父様は遠くを見ながら、ダレンと同じ時を過ごせなかった事を残念そうに笑った。私はその話を聞きながら、神父様に言われた「ヒロナ様は短命でいらっしゃる」と言うのを思い出して、こっちの人達は結構長生きするんだろうなと思っていた。
衝撃的な事実を聞いた後で、忘れかけていた本題へと話を戻した。
神父様に助けを求められた私は、断る事も出来ずに「私の出来る範囲でしたら協力します。」と頷いた。
けれど私は、力を持てたとしても私を本物の聖女として扱う事は、色々と後が怖いので望まなかった。聖女様を陰ながらお手伝いすると言う形で協力をしますと言ったら、神父様もそれを承諾してくれたので、私は聖女(仮)のままという事になった。
「神父様、私は何から始めたらいいですか?」
「レオンでかまいませんよ。」
「えっ、いいんですか?」
「はい。堅苦しいのはあまり好きではないので気軽に呼んで下さい。」
まだ出会って間もないけれど、この短時間で神父様との距離はだいぶ縮まったと私も思っている。が、しかし、まだ気軽に呼ぶには早い気がして呼ぶ事を躊躇っていると、目をキラキラとさせて呼ばれるのを待っている神父様を見ていまい、恥ずかしさと苦しさを押し殺して「レオン様。」呼ぶと、爽やかな笑顔で「はい。」返事を返してくれた。気のせいかもしれないが、呼ばれて嬉しそうな顔をしていた様に見えて私の恥ずかしさは増して「逃げたい」と思った。
「では、まずヒロナ様が今どのくらいの力があるのかを見てみましょうか。」
頭の中でジタバタしている私とは反対に、私みたいな人を今まで何回も見て来ているであろうレオン様は変わらない笑顔で、机の上に水晶玉を置いた。
「水晶玉ですか?」
「この水晶玉は、その人の魔法属性やどれだけの魔力を持っているのかを調べる為のものです。魔力値は人それぞれですが、この国では全ての人が魔力を持っていて、この魔力診断も、魔力が覚醒する子供の頃にほとんどの人がやってるんですよ。」
「じゃあ私みたいに大人になってからやるのは珍しいんじゃないですか?」
「いえ、他国からこの国に入国する場合は、必ずこの診断を受けなければなりませんし、覚醒するのが遅い方など、人によっては成人を迎えてから診断を受ける方は意外と多いです。なので、変な事にはなりませんのでご心配なく。」
不安になっているのがバレていたようでドキッとした。やっぱり私は思ってることが顔に出やすいんだなと苦笑いをした。
「両手で水晶玉を触って下さい。」
「は、はい。」
不安もあるけど、自分の持っている魔力と属性が分かるのは楽しみでもあった。
不安と期待で心臓をドキドキさせながら水晶玉に手を置くと、レオン様がボソッと何かを呟いた。すると水晶玉の中心が小さく光り始めた。
「光りましたよ!」
私は水晶玉が光った事を興奮気味に言うが、レオン様はポツリと「光りましたね。」とだけ言った。何を不思議に思っているのか、レオン様は首を傾げると私もつられて首を傾げた。
(コレだけじゃ分からないのかな。もしかして力込めなきゃいけないとか?)
ただ手を乗せるだけじゃダメなのかと思い、私は感じた事もない自分の魔力を水晶玉に注ぎ込もうと力を込めてみた。けれど、水晶玉には何の変化もなく変わらずただ小さく光るだけだった。
(ただ力むだけじゃダメなんだな。もっとイメージをしなきゃ。)
目を閉じ自分の力がどんなものであればいいか、この力で何をしたいのか、出来る限りの想像をした。薄目を開けて変わったか確かめるが、水晶玉は一向に変化を見せない。
「ヒロナ様、やったことないと思うのですが、魔力を込められますか?」
実はさっきからやってるんです。とは言えず、首を縦に振り「どうやってやるんですか?」と聞いた。
「そうですね、一回、目を閉じて深呼吸をしてみましょう。そして、あまり深く考えずにスーッと魔力を流し込んでみて下さい。」
レオン様の言った通り私は、一度、目を閉じ深呼吸をして心を落ち着かせた。そして、魔力があるものと考えてスーッと流し込むイメージをする。
けれど、どうも流し込む感覚が掴めなくて、自分の眉間に皺が寄ってきた。
上手くできない事にもどかしく思っていると、しんと静まり返る神殿の外から水の流れる音が聞こえてきた。
(水の音が心地いい。)
川のせせらぎの音は癒しの効果があると聞いた事があるけれど、こんなにも心地の良いものなのかと実感した。
透き通った水の音が、変に緊張していた体をほぐしていくと、暖かいものが体の底から湧き上がってくるような感覚がした。
(この暖かいものが魔力なのかな?)
湧き上がる温もりを水晶玉の方へ流し込む。
すると、水晶玉と手が触れている部分が徐々に暖かくなっていき、体中が暖かくなってふわふわと浮いているような感覚になった。今の気分は冬が終わって春の暖かい風に包まれているみたいで、とても気持ちが良かった。
「ヒロナ様!!」
ガシッ
「ヒッ!!!」
心地よい暖かさを感じていると、突然レオン様に腕を掴まれ、驚いて水晶玉から手を離し目を開けた。
「ど、どうしたんですか!?」
目を開けた先にいたレオン様は眉間に皺を寄せ肩で息をしていた。何があったのかと、ふと視線を外すと、神殿の壁の至る所にさっきまではなかった傷や穴が出来ていた。
呆然と見回していると、レオン様が、ふぅと息を吐いた。私は肩をビクッと震わせると、もしかしてと思いレオン様を見る。
「これ、私ですか?」
「今日は、ここまでにしましょうか。」
そうです、とハッキリ言わなかったものの、レオン様の困った顔を見て「あっ私がやったんだな。と言うのが分かった。
「す、すみませんでした!!」
土下座する勢いで私は頭を下げた。
自覚がなかったとはいえ、レオン様が止めて来ださらなかったら今頃神殿はボロボロになってしまっていた。
とんでもない事をしてしまったと、ひたすら謝り倒すと、ポンと肩に手を置かれた。
血の気をなくした顔でレオン様を見ると、焦る私とは反対にとても楽しそうに笑っていた。
「そんなに謝らないで下さい。やってくれと言ったのは私なんですから、ヒロナ様のせいではありません。それに、とても良いものが見れましたからコレくらいどうって事ないですよ。」
と、今日イチの笑顔を見せてくれた。
励ましてくれてるのだろうけど、やってしまった所から、パラパラっと神殿の一部が崩れていくのを見て、私は気にせずにはいられなかった。




