11 聖女様
「改めて自己紹介から始めましょうか。」
「は、はい。」
「私はレオン・キングストンと言います。この村の教会で司祭をしてます。」
司祭って言われても、そう言う事に関してあまり馴染みながないからどんな事しているんだろう。でもまあ、きっと偉い人なんだな。と勝手に理解した。
「私は樫野・・・違うか、えっとヒロナ・カジノと言います。しがない会社員をやってます。」
「カイシャ、イン、ですか?」
「はい、下っ端で都合の良い雑用係やってました。」
「なるほど?」
(そういえば昨日まで仕事してたんだよなー。今日は会社に行ってないけど、どうなってるんだろうなー。)
会社に行かなくていいのは嬉しいけど、今日私がやる予定だった仕事は誰がやるのかは心配になる。さほど難しい事でもないから後輩にもできると思うけれど、あの人達がちゃんと出来るのか不安だ。
異世界に来てまで後輩の心配をするなんて、もしかすると私はお人好しなのかもしれないと苦笑いをした。
「ヒロナ様とお呼びしても?」
「え。・・・・え!?」
会社の事を考えていたら神父様の発言に意識を引き戻された。
「あの、ちょっと待って下さい!そんな、様なんて付けなくても大丈夫ですよ!?私は偉い人間でも高貴な人間でもない平均、いや、平均以下の人間なので、ヒロナと気軽に呼び捨てで呼んでください!」
急なヒロナ様呼びに驚いた。神父様はこの村の中でも結構偉い人なんじゃないかと思う。そんな人に異世界人の厄介者に対して、様をつけて呼ばせるわけにはいかない。
慌てて止めれば、神父様は首を横に振った。
「いいえ、ヒロナ様は聖女様でいらっしゃいます。神に1番近い存在である貴女を呼び捨てにするなんて事はできません。」
「で、でも神父様も事情は知ってらっしゃるんですよね?私が正式に呼ばれた本物の聖女じゃないって事。」
そう言うと神父様は視線を手元へ落とし黙ってしまった。
私は自分が聖女ではない事が少し残念な気持ちになった。本当に聖女だったら神父様も手放しに大喜びだった思うし、私がここにいても複雑な事になるだけなのに、神様に何か言われてしぶしぶ私をここで預かる事になったとしたら申し訳なさすぎる。
気まずい雰囲気な中、神父様が口を開いた。
「事情はある程度は聞いていて、貴女が現在聖女様ではないという事も聞いています。実は、近年、この国では魔物の力が強くなり、多くの人々がそれに怯え苦しめられています。」
苦しそうな表情を浮かべる神父様に私も釣られて顔を歪める。
「そんな状況が数年続いてる訳ですから、この国の誰もが聖女様に救いを求めています。もちろんこの村も例外ではありません。ですが、私はヒロナ様が本物の聖女様でなくても、貴女がこの村に来てくださった事が嬉しいのです。この村に住む人達も貴女の事を歓迎するでしょう。」
「気を使ってくださらなくても・・・。」
「気を使ってなどいません。本当ですよ?この村は少し特殊な村なんです。きっと貴女を本物よりも強い聖女様にしてくれます。」
「そうなんですね、よかっ・・・はい?」
しんみりした空気の中で、突如聞き捨てならない言葉を聞いた気がした。
神父様を見れば、今のこの国の現状を悲しみ、苦しそうに顔を歪めていたと思ったのに既にニコニコと楽しそうに笑っていた。
まさか聞き間違いだよね、と思って一応神父様に聞いてみる。
「あの、すみません。私を、なんですか?」
「きっと貴女を本物よりも強い聖女様にしてくれます。」
「ん?ちょっと待ってもらっていいですか?」
私は今、この国が魔物に苦しめられているっていう話を聞いていたはずなのだが、なぜかその話の中で私を聖女にしようというような発言を聞き待ったをかけた。
(この村の人達は私を聖女としてまつりあげようとしている?)
神様のダレンは、私には聖女の力はないと言っていたはず。神父様はその事も聞いているはずなんだけど、何を考えているのか全くわからない。
「あの、私聖女の力は持ってませんよ?」
「みたいですね。」
「魔法だって使った事ないし。」
「知っています。」
「そもそも本物いるんだから私を無理に本物に仕立て上げなくても良いんじゃないんですか?」
「ヒロナ様。」
ビクッ
神父様は落ち着いたトーンで私を呼ぶと、スッと一枚の紙を私の前に出した。身に覚えのあるそれにゾッとした。
「こちらの紙に身に覚えはありますよね?」
「ああああ、そっそれは、ダレン様が私へ突きつけてきた請求書・・・。」
今日の朝、穴が開くくらい見てきた例の請求書が私の前に現れた。私が持っているはずの請求書がなぜ、神父様の手に渡っているのか。これは考えなくても犯人は1人しかいない。どうせあの神様の仕業なんだろうけど、そんな事よりもニコニコ笑いながらそれを見せつけてくる神父様が怖すぎて震える。
「ヒロナ様は、この金額をどうやって返済していくおつもりですか?」
「ど、どうといわれましても。」
「ただの村人として返済していくとしたら最低でも約80年はかかるでしょうね。」
「は、80年!?私死んじゃいますよ!?」
「そうですね、ヒロナ様は短命でいらっしゃるはずなので、その頃にはお亡くなりになられているかもしれませんね。残念です。」
「残念ですって。」
神父様は、わざとらしく出ていない涙を拭いているけど、残念だなんて思ってないのが丸わかりだ。
「ですが、我々に力を貸してくださるならそう難しい話ではないかもしれません。」
「〜〜っとりあえず分かりました。話は聞かせて下さい。私も元々ここへは仕事を紹介してもらいたくて来たので。」
「そうでしたか!それはそれはありがとうございます。」
ここで話を聞くって言わないと返してもらえないか、これから訪問販売並みにしつこく付き纏われそうな気配を感じた。
嬉しそうな神父様に私は苦笑いをする。
「ヒロナ様が疑問に思っているであろう事からお話しさせていただきます。なぜ、貴女を聖女にしようとしているのか。」
1番不思議に思っている事だった。私の漫画や小説の中で得たあっっさい知識だと、聖女は1人いれば十分なはず。そういう存在は何人いてもいいんだろうけど、対立を生むのではないかと言う懸念もある。
「詳しい事は話せないのですが、正式に選ばれたあちらの聖女様が、何と言いますか、そうですねこう言う言い方は不適切なのかもしまれせんが、ちょっとヤバそうなんですよね。」
「はい?」
真剣な顔をして言い淀んでいた割にはハッキリと言葉にしていて少し笑いそうになった。
そんな軽い言葉でいいんですか神父様。
「ヤバそうとは、どう言う事ですか?」
「うーん、聖女様としての役目を果たせそうにないと、ダレン様はお考えだった様ですね。」
せっかく召喚したのに聖女様が何もしないのだったら、召喚した側からしたら確かにヤバい。
「でも聖女に選ばれたからと言って、みんながみんなこの国を救いたいと思うわけではなのでは?」
「救ってくれる人だから選ばれたのではないでしょうか。」
それはそうか。ダレンが選んでいるって言ってたもんね。優しい人というかお人好しと言うべきか、よく言う心が清らかな人が選ばれてるんだろう。
「ヒロナ様もそういうお方なのではないかと思っています。」
「私がですか?流されやすい人間だとは思っていますけど、純粋な優しさとか清い心は持ってませんよ。」
「気がついていないと言う事もありますよね。」
真っ直ぐ私を見て言われると恥ずかしくなって目を逸らす。
優しいね、とは昔からよく言われる。でもそれが嬉しいと素直に思える事は少ない。
私がひねくれているからなのか、『優しい』をいい意味で捉えられていないからだと思う。
「ダレン様が言っていたでしょ?3年後くらいに貴女を召喚する予定だったと。」
「言ってました。その3年後って言うのは何なんですか?」
「聖女様の様子を見る期間なのではないかと私は思っています。力はあっても使い方が分からなくては話になりませんから、おそらく国の魔法学校へ通われるはずです。」
(魔法学校いいな。)
聖女様なんだから学校へ通う為のお金とかは全部国持ちだろうし、魔法も学び放題。私が夢に見てきたファンタジーを実際に体験できるなんて、純粋に羨ましかった。
「ヒロナ様は学校には通えませんが、この村には優秀な先生がたくさんいます。人が人ならとても羨ましく思われますよ。」
「そ、そうですか。」
思っていることを見透かされたみたいで苦笑いをると、お互い何も言わずに目を伏せた。声がなくなったから外から心地よい水の音が聞こえてくる。短い沈黙のあと、神父様は再び話し始めた。
「実は、大神殿にいる知り合いから話を聞いたのですが、聖女様の様子がおかしいみたいなんです。」
「どういうことですか?」
「これがダレン様の言うヤバい事なのかは分かりませんが、どうやらこの世界を何かと勘違いしているみたいなんで。」
聖女様の勘違いとは、私は頭を捻らせる。
最近では異世界に召喚されたっていうような話はいくらでもある。もちろん本の中の世界の話で、現実にはありっこない。
もしかして、夢を見てると思っているとかだろうか。魔法も何もない世界で生きてきて、こんな体験をするのは夢の中でしかあり得ない。私も受け入れてはいるけど、実際は夢なんじゃないかと今だに心のどこかで思っている。
「聖女様は召喚された時、何も言わずに周りの神官や陛下たちをジッと見回したそうです。聖女様、と声をかけると彼女は聞き慣れない言葉を興奮気味に喋り出した後、パタリと突然倒れてしまったらしいのです。」
「倒れたって、聖女様は大丈夫だったんですか?」
「ええ、軽く気を失っていたみたいですが命に別状はなかったそうです。」
無事だと知ってホッと胸を撫で下ろしたが、どう言う訳だか胸がザワついている。なんだか嫌な予感を感じながら話を進めた。
「それで、聞き慣れない言葉とはどういった言葉だったんですか?」
「あまりにも早口だったもので上手く聞き取れなかったそうなのですが、オトメゲーとかなんとかと言っていたそうですよ。」
「それはやばいですね!?」
それを聞いて思わず立ち上がってしまった。
(オトメゲーってもしかして乙女ゲームの事!?)
乙女ゲームとら攻略対象の美男子たちとキャッキャしながら恋愛を楽しむ事ができる女性向けゲーム。
私はやったことがなく人から聞いた程度の知識しかないが、この世界を乙女ゲームと勘違いしてるとしたら辺な方向に話が向かってしまうのではないかと思った。
「聖女様だと言うことやこの国の状況など、一通り話したみたいですが、その事がしっかり伝わっているのかが心配だと言っていました。」
「な、なるほど。」
これは直接聖女様の所へ行って、何を考えているのか聞いてみたいものだ。
(一度、ダレンに言って合わせてもらう事って出来ないかな。)
と思ったが、私はその考えを途中でやめた。
(向こうがどんな思考をしてるかによって、私悪役にされるんじゃない?)
普通に出てくことすら危ういのに、聖女の前に出て行ったらきっと悪役に仕立て上げられて殺される。自分がヒロインだと信じて欲のままに行こうとしているのなら尚更危ない。
彼女が話のわかる子だって事がわからない限り安易に姿を表す事はできない。
「今のところ聖女様に関しては情報が多くはありません。どの様な方なのかがわかれば良いんですけど。」
確かに。と私も頷いた。
(話のわかる子だったら協力出来るんだろうけどな。)
聖女様が周りを説得してくれて、私の存在を認めてくれて、みんなで協力して魔物を退治する。そしてこの国が無事に平和になったら、貢献してくれた礼だと言って3000万のお金を私にくれる、そしてダレンにおかねをわたして私は帰る。
それが私の考える1番良いルートなんだけど、そう簡単には行かなそうだ。
「聖女様の事も心配ではありますが、今、その大神殿では何やら不審な動きがあると聞いています。」
「それは、心配ですね。」
聖女だけならまだしも、召喚した大神殿の方でも問題があるとなるとこれまためんどくさい事になりそうだ。
「中央神殿の人間がどうなったって私はなんとも思わないのですが、それよりも魔物のとこです。今だってどこかで助けを待っている人々がいるはずです。それなのに神殿や聖女様の問題のせいで助けられるはずの命が失われていくと思うと。」
神父様は握った拳に力を入れた。
私を聖女にしたいのはそういう理由なんだと分かった。私が本物かどうかなんてこの人たちには関係ないんだ。ただ、この村をこの国を救いたい、きっとそれだけなのかもしれない。
「ヒロナ様。」
神父様に呼ばれ、自然と伏せていた視線を上げる。目の前には、私に訴えかけるようなシーブルーの瞳があった。
「どうか、私達を助けて下さい。」
この短時間で見てきた神父様の顔の中で、今、私を見つめるこの顔が1番、人間らしく見えた。
次回の更新、少し遅くなってします。




