09 教会と神父
近くで見る教会は、当たり前だけれど遠くで見るよりも大きかった。
その後ろにある教会よりも大きな崖から発されるオーラ、と言うより圧で迫力が増しているように見える。
「ヒロナ、こっちよ。」
名前を呼ばてハッとした。
じっくり見すぎていたようで、気付けばカティアさんは入り口の所で立っていて手招きをしていたので慌てて駆け寄る。
「すいません。こういう所には滅多に来ないのでついつい見過ぎちゃいました。」
「いいのよ。私も初めて見た時は見上げたまま固まったもの。」
フフっと笑いながらカティアさんは大きな扉を開いた。扉を開けると、少しヒンヤリとした空気が開けた扉から抜け出して、全身にまとわりつく感じがした。
教会の中に一歩足を踏み入れると靴の音が全体に響いく。内装は意外と言うか想像通りというか、特に変わった感じがあるわけではなく、とてもシンプルな造りだった。
「人、いませんね。」
「そうねぇ。この時間ならこっちにいると思ったんだけど、どうやら裏庭にいるみたいね。」
そう言うと、カティアさんは歩みを止める事なくズンズンと進んでいき、正面の左側に見えた扉に迷う事なく向かった。
ノックもしないでガチャっと扉を開けると人が1人通れるくらいの狭くて長い廊下が見えた。その廊下の先から外の光が入って来ていたので、この先に裏庭があるのかもしれないと私は思った。
「勝手に入っちゃって大丈夫なんですか」
「いいのよ。そういうの気にしない人達だから。」
(本当にいいのかな。)
勝手に入って来てしまったことに罪悪感を感じながらカティアさんの後に続く。
少し歩くと、カティアさん越しに外の明かりが見えてきた。
「うわああ!」
狭かった廊下を抜けるとそこには見た事もないほど美しい庭園があった。
一歩踏み出せば、種類の花や木々、綺麗に手入れされている柔らかそうな芝生が迎え入れてくれる。
奥には外からも見えた崖が近く見えて、そこからはさっきは気がつかなかった滝も流れていた。
滝から出る水飛沫で虹までかかっていて、また違う世界に入り込んでしまったのかと錯覚してしま
いそうになる。
石の小道を歩きながら私はずっと口が開きっぱなしの感動しっぱなしなのだが、カティアさんは見慣れているみたいで美しい庭園に特に反応する事なく、歩くスピードは変わらなかった。
庭園を抜けると、今度は畑、それと茶畑のような場所に出た。そこには教会に来てから一度も会うことのなかった教会の人達がもくもくと作業していた。
(3人、いや5人はいるみたいだけど、誰かしら1人でも教会の方に居たほうがいいんじゃないのかな。)
そう思ったけれど、カティアさんはいつもの事みたいな感じだし、この村の人達も分かってるんだろうなと思い、要らぬお節介は胸の中にしまっておく事にした。
「そこにいる人達がこの教会に仕えている神官の方々よ。そして、あそこにハチミツ色の髪をしている人が見えるでしょ?あの方がこの教会の司祭でキングストン神父よ。」
「神父様・・・。」
「この教会で1番偉い方よ。」
遠くの茶畑の緑の中に、一際目立つハチミツ色が動いているのがわかった。
(こっちに来た!)
神父様が私達に気が付いたらしく、輝く髪をなびかせながらこちらに向かっていた。
距離が近付くにつれて神父様の顔もよく見えてきて、どんな人なんだろうと、自然と気持ちがたかぶっている。
そしてついに、ハチミツ色の髪をした神父様が私たちの前で歩みを止める。
(ひええええ!)
遠くで見えた時から髪がキラキラしているのはわかっていたけれど、目の前に来たらキラキラどころかギラギラに輝いていた。
もちろん宝石で着飾っているとかではなく、神父様の存在が、オーラが眩しく光り輝いていた。
「おはようございます、カティアさん。」
「おはようございます、キングストン神父」
2人がにこやかに挨拶をすると、神父様が私をチラリと見ると、ニコリと微笑みかけてくれた。
(こんなに美しい人間がこの世に存在するなんて、なんて恐ろしい世界なの!)
ガラス玉の様なシーブルーの瞳に映っているのが、メイクも何もしていない石ころみたいな自分の姿だと思うとなんだか申し訳なってきた。
「実は今日ここに来たのは、この子についてキングストン神父にご意見を伺いたくてまいりました。」
「大丈夫ですよ、事情は聞いています。」
(聞いているって?)
私とカティアさんの頭にハテナが浮かんだ。
事情とはどう言う事なのか。昨日の夜に私がこの世界に来た人間だなんて誰にも話していないし、教会に行く事だってカティアさんとレヴィ君、あと八百屋のおじさんしか知らないのに、なぜこの人が知っているんだろう。
首を傾げると、またシーブルーの瞳と目があった。
「あなたも知っている方から夜中に連絡が入りましてね。」
フフっと優しく笑う神父様に私は、はて?ともう一度考えてみる。すると、黒髪で悪役みたいに笑う1人の男の顔が脳裏をよぎった。
「もしかして・・・」
「きっとその人ですよ。」
綺麗なものを見て忘れていたのに、悪い顔をしてコチラを見てくるダレンを思い出してしまい、私はガクっと肩を落とした。
(そういえばあの人、目が覚める前に『教会に行くんだろ』って言ってたような気がするな。)
その時は悔しさと腹立たしさが勝っていたので、そこら辺の記憶は薄かったが、よくよく思い出してみると、、それっぽいような事を言っていたような気がした。
「立ち話も何ですからあちらの東屋の方でお話を伺いましょう。カティアさんはどうされますか?」
「私の様な者が聞いてしまっても良い話なのでしょうか。」
「貴女が知りたいと思うのなら構いませんよ。彼女も貴女がいた方が安心するでしょうし。ですが、話す内容によってはそれなりの覚悟が必要となってきますが。」
(覚悟って私は一体何を聞かされるというの。)
神父様の言葉はどこか脅しの様にも聞こえた。カティアさんに向けて言っているのに横で聞いている私の方がビビってしまう。
カティアさんは目を伏せて考えている様だった。
(そうか、ダレン様から事情を聞いてるってことはあの話をするって事だよね。)
あの話とはタブーを犯してここに来ている事。
私自身は聞かれても問題ないけど、変な事件に巻き込んでしまったらと思うと、やっぱり血の気が引いた。
(連れて来てもらったけど、ここは一旦引いてもらって違う所で待っててもらおう。)
「カティアさんっ」
「私は違う所で待たせてもらいます。」
「そうですか。」
私が言う前にカティアさんは自分から引く事を告げた。
え?と思ってカティアさんを見ていると、優しく笑って頭を撫でてくれた。
「1人でも大丈夫よね。私は教会の方で待っているからね。」
そう言うとカティアさんは神父様に頭を下げてお辞儀をすると、元来た道を戻って行ってしまった。残された私は、カティアさんの背中を見送りながらイケメン神父と2人きりの状況が気まずくて泣きそうになった。
私はビビリの上、人見知り。
苦手なものは、怖そうな人と顔が整った人。
マジマジとお顔を見たい気もするけど失礼かなと思って思いとどまる。の繰り返しで明らかに挙動不審になっている。こうしてる間にも向こうから話しかけてくれないかなと他力本願的な考えでいたけど、何故か神父様から何も言ってくれない。
(もしかして、いなくなってる?)
あまりにも静かなので心配になってチラッと神父様がいた方を見たら、バッチリ目があった。反射的に顔を反らしてしまった。
(いるし!っていうかこっちの方が失礼!!)
やってしまったと後悔していると、クスリと笑う声が聞こえた。
ゆっくり振り返れば、神父様が私を見て楽しそうに笑っていた。
「面白い方ですね。そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。ここは神聖な場所ですから、いくら司祭と言えど悪いことをしようとすればバチが当たります。貴女に対してだとなおさら・・・。では、案内いたしますので、こちらへどうぞ。」
(悪い事とは?)
意味深のようでそうでもない言葉をかけられ戸惑う私。
(顔が良すぎて怯えてるんですとは言えない。)
変な人扱いされるのは避けたいので、これもまた胸の内に秘めておくことにし、神父様の後を追う。
踏み出す度に揺れるハチミツ色を追いかけていると、何だかミツバチになった様な気分になった。
「ーーみたいですね。」
「え、なんですか?」
神父様が何か言った様だが聞き取れなくて聞き返したら「何でもないですよ。」とかわされた。
楽しそうな声と僅かに揺れた方で、これは笑われてるなと察した私はそれ以上は聞き返さなかった。
次回は日曜日に更新する予定です。




