停電
「ガラガラ」
店の玄関が開いて、二人組みの男が入ってきた。
「すいません、今夜はもう閉店なんです。」
「こういうものですけど。」
そういって、カウンターに近づくと懐から警察手帳を出した。
「放火犯を探してまして。怪しい人物とか見かけなかったと思いましてね。」
女将は2つのコップに水を入れてカウンター越しに彼等の前に置いた。
「さあ、うちはほとんどが常連さんか、そのお連れなので。」
「そうですか。ところで暖簾が降りてましたけど、今日は貸しきりか何かですか?」
そういって警官たちは源三と文雄を見た。
「今日は、物騒なので早仕舞いしようかと。こちらは店のオーナーとそのお連れです。」
警官たちは薄汚いジャケットの老人をうさんくさそうに遠目でみていたが、やがて一礼して去っていった。
警官たちが去ってすぐに一人の若い男が入ってきた。
「水、水を一杯。」
女将が慌てて、コップに水を入れて差し出すと、男は震える手でくいっと飲み干した。
「今日はもう閉店・・・。」
彼女がそういいかけたとき、店の電気が消えた。
「懐中電灯、懐中電灯っと。」
慌てる女将を尻目に、男は自分のライターをとりだし火を点けた。
「ボッ!」
独特な音と共に、青白く長い火が店の中を照らし出す。その音と炎には覚えがある。大村式リングバーナー。源三と文雄は男の顔を見た。
サングラスにフードを被り、揺れるライターの炎だけでは顔はよく見えない。
「ありがとうございます。」
女将は、壁に刺さっていた非常用のライトを外した。強力なLEDライトのお陰で店内は少し明るくなった。
男はカウンターにコップを返すと、店の入り口に向かった。戸をあけると、街灯も消え、外は漆黒の闇の中に沈んでいた。
「あぶないから、明かりが点くまで休んでいきなさい。」
源三の声だ。
「さあ、こちらへ。」
女将が男をテーブル席に案内する。テーブルには非常用のローソクがガラスの器に入れて置かれていた。
文雄は、自分のライターでそれに火を点けた。
「ボッ!」
あの独特な音と共に炎が噴出した。
「奇遇だね。同じライターを持っているなんて。」
文雄は男の向かいに座る。こういうときには取材で磨いた会話術が役に立つ。
「大村式。使いやすいライターだ。特に野外では抜群の安定性。」
男は自分のライターを見ながら小声で答えた。
「お前からはタバコの匂いがしないな。なぜ、ライターを持ち歩いてる。」
男は文雄を警戒しているようだ。
「おれ、フリーのライターでね。取材先にはタバコを吸う相手も多くて、その時に使うのさ。それにライターとライターって駄洒落で話のきっかけにはいいだろ。」
文雄は、内ポケットからボールペンとメモ帳を覗かせた。