小火
水原のそばで、小火騒ぎがあった。
「近くで家事があったんだって。」
来る客来る客、入ってくるなり口々にその話をする。
「ボヤですから。」
女将は客を不安がらせないためか、いつもの笑顔で答える。
「そういっても、付け火って噂だぜ。怖いねえ。」
「そういや、五年前にも連続で不審火がなかったか。犯人捕まってないんだろ。」
そんな話をい聞いたら、作家としてじっとしていられない。文雄は急いで現場へ向かった。一軒の家の玄関の壁が、黒くまだらに汚れている。煤のようだ。
「ひでえことしやがる。恨みでもあったのかねえ。」
「どうかねえ。ここんち、最近越してきたばっかだからな。でも、これでまたどっかいっちまうんじゃないかい。」
その一週間後に、ふたたび家事があった。今度は、隣街の米の精米小屋が燃えたらしい。漏電か放火かまだわからなかった。
「おや、今日は源さん、来てないのかい?」
毎週欠かさずやってきていた薄汚れたジャケット姿が見えない。
「さあ、こっちに来る用事がなかったんじゃないですかね。」
女将さんは、時々そわそわと表のほうを見に出る。やはり、気になるのだろうか。
「今日は、物騒ですから早めに店じまいしましょうかね。」
そういって女将が暖簾に手をかけた時、
「五年前と一緒だ。」
といって、源三が入ってきた。いつになく険しい顔つきだ。
「酒はいいや、あちこち行って腹へっちまって。あまり物でいいから。」
源三の前に、白いご飯とおでんと少々の酢の物が出てきた。
「十分だ。ありがとう。」
源三は年寄りとは思えないほどの速さで飯をかきこんだ。随分と怒っているようで、話しかけづらい。食後のお茶をすすると、落ち着いたのかこっちを見た。
「なんじゃ、坊主。今日もいたのか。」
文雄を見たその目は、いつもの飄々とした酔っ払いではなく、獲物を狙う鷹のように鋭かった。
「五年前って何があったんです?」
文雄はどうにも気になった。そして、意を決して源三に尋ねた。源三は答えなかった。暖簾を片付けていた女将が見かねて口を開く。
「この辺は五年前にも立て続けに不審火さわぎがって、その時現場に源さんが作ったライターが落ちてたの。おそらく犯人が落としていったものだろうって。」
「くそっ、やつめ。よりによってうちのライターで付け火なんて許さねえ。」
源三は親のライター工場を引き継ぐまでは、警察官だったそうだ。いまでも、情報屋として協力しているらしい。そして、それが工場を手放す原因の一つになったらしい。